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突然、ヘッドライトの光が二人を照らした。
千隼は、眩しさに不意を突かれて、一瞬よろめいた。
その隙に、紫乃はその場から逃げようと背を向けた。足がもつれる。
次の瞬間、膝を地面に打ち付け、激しく転倒した。
千隼が、シャベルを構え直す。同時に、校庭の砂を巻き上げて、タイヤを軋ませながら、茶色のセダンが飛び込んで来た。
「伊庭さん!」
紫乃が叫ぶ。その声に反応して、千隼が大きくシャベルを振りかぶる。
(…間に合わない)
そう思って、首を縮めて目を閉じた。
「紫乃!!」
紫乃の耳元で、シャベルが鋭く空を切る音がした。
砂の上に何かが倒れる音と、金属音が響く。
紫乃が目を開けると、伊庭が千隼を組み伏せているところだった。
「紫乃、怪我はないか!」
「…私は大丈夫です」
組み伏せられた千隼が、地面に顔をつけたまま喚く。
「紫乃は俺の物なんだ!誰にもやらない!ずっと二人でいるんだ!」
伊庭に向かって、泣きながら吠える。
「お前が悪いんだ!お前さえいなければ、ずっと、あの頃のままでいられたのに!!」
伊庭の下でもがくが、びくともしない。
「紫乃は、誰のものでもない。紫乃の全ては、紫乃自身のものだ」
伊庭が落ち着いた声で話す。子供を諭すように。
「時間は前にしか進まないんだ。どんなに望んでも、時を巻き戻すことはできない」
パトカーがサイレンと共に現着する。
「伊庭さん!!」
警官と一緒に、樹と堂本が走って来る。
千隼がしゃくり上げながら、声を上げて泣いている。伊庭が、千隼を引き起こしながら言う。
「自分を、ましてや他人を、タイムカプセルに閉じ込めて、埋めることはできない。苦しい現実であっても、今を生きるしかないんだ」
伊庭が、千隼を掴んだまま、紫乃を見る。
紫乃には分かった。今の言葉は、その場にいる皆に、そして何よりも、伊庭自身に語っているんだということを。
二人の視線が、交錯する。
「…そして、時間と共に、前に進むしかないんだ」
樹が、紫乃を助け起こす。砂を払って、心配そうに手を握る。
「紫乃、怪我してない?」
「ありがとう、怪我はないわ」
堂本が、
「殺人未遂の現行犯だな」
と言って、千隼の両手に手錠を掛ける。
警官達と一緒に、パトカーに向かう。
「…千隼!」
紫乃が、叫ぶ。
千隼が、振り向いて紫乃を見る。
「…ごめん。紫乃」
悲しげな瞳だったが、虚ろではない。しっかりと紫乃を見た。
そして、ゆっくりと前に向き直り、歩き出した。
千隼を乗せたパトカーは、赤色灯を回しながら、去っていった。
紫乃の頬を涙が伝う。零れて、校庭の砂に落ちる。
この校庭で、無邪気に声を上げて、走り回った日々は、二度と戻って来ない、遠い過去になったのだ。
もう既に、辺りは夜色に染まっていた。遥か下で、街の灯りが瞬いているのが見える。
「…帰ろう。紫乃」
伊庭が近づいて来る。
紫乃は、黙って頷いて、彼を見上げる。
「俺を、置いてかないでくれよ」
忘れられていることに、不満な樹が、声を上げる。
「…分かってるさ。…お前、どさくさに紛れて、いつまで紫乃と手を繋いでるつもりだ?」
伊庭が、ギロっと睨みつけた。
紫乃が慌てて、手を引っ込める。
「…バレた?ケチだなー、伊庭さん。減るもんじゃなし」
「まったく、油断ならないヤツだ」
伊庭が、片頬で、ニヤッと笑った。
つられて、紫乃も微笑んで伊庭を見た。
「行こう…」
紫乃の手を取って、車に向かって歩き出した。
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