忍びの里を救うには、自己紹介が大切です?

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忍びの里を救うには、自己紹介が大切です?

 ろうそく1つだけが部屋を照らす真っ暗な空間。そのろうそくに集まるように、丸い机に座り向かい合う7人の影。 「今、忍びの里は、かつてない程に過疎化が進んでいる。このままでは技術の後継をすることが困難だ。それなのになぜ誰も動かない。」 「仕方がないだろ!何者かの手によって、忍び狩りが起きているんだ。ここで下手に人数を減らすわけにはいかんのだ」 「そんなことよりも、問題なのはオタクのお孫さんではないですか?こんな状況にもかかわらず、動画配信するなんて……」 「捕まえて、すぐにでもやめさせようとしたさ…………でも……」 「逃げられてしまったと……情けないですね。でも、責任は取ってもらいますよ?」 「もうよい、犯罪者の話をしている場合ではない、今後の方針を話すぞ」  咲耶……無事で帰って来いよ。それは言葉にならない、願いだった。    太陽がぎらぎらと輝き、春の温かさが町中に広がる。その町のど真ん中にある、ありきたりな進学校。2年1組と書かれている教室の前で、内心ドキドキで待機する女の子はこれから転校生としてクラスの前で挨拶をするところだ。そんな赤い髪留めの先から艶のある黒いポニーテールをぎこちなく揺らす彼女には目標がある。過疎化が進む忍びの里を復興するために、忍びの里に人を呼ぶことだ。そのためには、忍びのカッコよさと、憧れを集める必要があることは彼女も理解している。 「入って下さ~~い」  優しさを感じる先生から準備オッケイの言葉。緊張を振り払うように、教室の扉をバンと力強く開ける。クラスの視線は彼女の白樺のようにまっすぐ伸びた姿勢と、赤く鋭い眼光に興味を奪われる。彼女は教卓の前に立ちクラスメイトの大量の視線を集めて、少しばかり嬉しそうに頬を綻ばす。ちゅ、注目を集めてますわ~~~。なんですか、この高揚感は…………。彼女は極度の目立ちたがり屋だった。  わたくしの目的は忍びの里に興味を持ってくれる人を探すこと。だから、ここはお淑やかに自己紹介をして、クラスのみんなの注目……ではなくて、興味を集めるのですわ。すると、クラスメイトが一斉にひそひそ話を始める。 「赤色の制服が似合っていて、かわいい~~」 「モデルさんか何かかな?」 「来たぞ俺たちの春が~~~~」  それは静かな教室であっても、普通は絶対に聞こえない程度の小さな声。しかし、いつも周囲の音に気を使っている忍びである彼女からしたら十分すぎる声量だったようだ。だから、我慢していた彼女の欲望と声量が爆発する。 「注目ですわ~~。わたくしの名前は咲耶ですわ。皆さんもご存じの通り、クノイチ系ユーチューバーをしていますわ」  自信満々に平らな胸を張り、学校の教室でするには過剰な声量で挨拶をする咲耶。周りの凍てつくように冷たい空気感から、本人も自分がやらかしてしまったことを後から自覚したようで、ハッと我に返る。  ヤバいですわ~~~。周囲の注目が気持ちよすぎて、突発的な行動をしてしまいましたわ。まずいですわ、どうにかして挽回しないといけませんわ。すると、担任のリナ先生も咲耶が焦っていたことを悟ったのだろう。颯爽とフォローを入れてくれる。 「クノイチをやっているとは凄いですね。特技を見してもらえませんか?」  こうして突き放すことなく、優しく包んでくれることで、挽回のチャンスをくれたリナ先生。完璧なフォローですわ~~~。これであとは本物のクノイチの力を見せつけてやるだけですわ~~。  咲耶が姿勢を低く落として、ニンニンと忍者の構えをする。 「注目ですわ~~。わたくしの洗練された忍術を見せて上げますわ。忍法分身の術ですわ。忍術の解説動画もしてますので、チャンネル登録よろしくですわ」 「さらっと、宣伝しないの!」  手裏剣を投げてすご~~いみたいな感じかと思っていたけど、この感じはもしかしたら!咲耶の自信に満ち溢れる発言からクラス一同ゴクリと息をのむ。分身の術ということは、もう一人の咲耶が出現する、はずだった…………。  この教室で誰も咲耶の忍術を見た者はいない。音もない静寂な空間の中で、ただ変なことを叫び、変な構えをとっている変な女の子。という挽回のチャンスを完全にドブに捨てた結果だけが残っていた。  すると、歓迎の拍手や称賛の音もない、ただ静かな空間を断ち切るように、教室中に響くパリンと花瓶の割れた音。それを見て、渾身の決め顔をしている咲耶に教室中がざわつきだす。 「赤い色の服はもしかしたら返り血なのかもしれないわ」 「ヤバい人か、何かだね!」 「去ったぞ俺たちの春が…………」  クラスのみんなが嘘つきニンジャとレッテルを張る。しかし、この中で一人だけ、今起きた現象を辛うじて理解できたものがいた。彼は教室の最後列で偉そうに座り、今起きた現象に身震いしていた。彼女が構えをとると同時に現れる分身。それは光のように素早く動き、花瓶を刀で切り裂き、影のように消えていく。まるでフィクションのようなあまりに馬鹿げた夢物語な力。でも、それが真実と言わんばかり落下して割れる花瓶。正直、理解できてしまった者は身震いが止まらないだろう。この教室で誰も咲耶の忍術を見た者がいないのではなく、誰も目視することが出来なかった、という真実にたどり着いて…………。  一方、咲耶はというと現実に目を向けたくないと言わんばかりに、両手で真っ赤な顔を塞いでいた。後悔ですわ~~~。わたくしの忍術は()()()()には絶対に見えないんでしたわ。ここままでは忍びの里を復興出来なくなりますわ…………。  顔を両手で塞いで動かなくなった咲耶を見て、これ以上は生き殺しだと判断したリナ先生は、この自己紹介を止めようとする。すると、一人の男子生徒が手を挙げて、注目を集めると同時に右手を右目にかざす。 「ニンジャというものに興味を持ったからチャンネル登録してやったぜ。闇の中にある深淵を理解できた、この俺様に感謝するのだな」 「感謝ですわ~~~。あなたのような優しい人を待ってましたわ。」  この時クラスのみんなが一斉に同じことを考える。『類は友を呼ぶ』  忍びの里復興のためのファンを一人ゲットしたけど、先生を含めて40人の評価をさらに落とした咲耶だった。      
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