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「夕日ですか?」
「え?」
保が振り返ると、そこには若い女性が立っていた。
「難しくないですか? 夕日」
「ええ、まあ」
曖昧に答えると、保は再び海にカメラを向けた。
「詳しいんですか? カメラ」
「多分」
「多分?」
「ずっと、仕舞いっぱなしだったから」
腕を下ろすと、保は愛おしそうにカメラを撫でた。
「写真やってたこと、忘れてた」
「なんですか? それ」
ぷっと女性が吹き出す。「なんだろうね」つられて保も、ははっと笑った。
「見せてください」
女性が手を出す。
「どうぞ」
その手に保は、カメラをそっと乗せてやった。
「風景ばかりですね」
「そうみたい」
「みたいって」
画像をスクロールしながら女性が笑う。
「あ」
ひとつ発したあと、「彼女ですか?」女性が保にカメラを返した。
「彼女?」
液晶画面を保が覗く。そこには、夕日を受けて眩しそうに笑う、一人の女性が写っていた。
「さぁ?」
誰だろ? 首を捻り、保は眉間に皺を寄せた。
「覚えてないんですか?」
あなたが撮ったんでしょう? と女性が呆れたように笑う。多分、と保は自信なさげに答えた。
「通りすがりの人かも」
「通りすがりの人も撮ったりするんですか?」
「したみたい」
「みたいって」
全く。と女性は肩をすくめた。
「それじゃあ、あたしも撮ってください」
「え?」
「あたしを撮れば、あなたは胸を張って『通りすがりの人も撮る』と言えます」
「別に言わなくても」
くすりと笑ったあと、「ま、いっか」保は女性にカメラを向けた。
夕日を受けながら、女性がぎこちなくポーズを作る。
「あれ?」
目を瞬き、保が指で目頭を押さえた。
「どうしました?」
「なんだか、目がぼやけて……」
言うや否や、保の目から、みるみる涙が溢れてきた。
「泣いて……るんですか?」
「いや、これは……。なんで?」
不思議そうに、保が手の甲で目を擦る。
「夕日が、眩しかったからかな?」
涙を拭うと、それじゃあ改めて、と保はカメラを構えた。
(了)
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