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「じゃ、あっちで」
おちゃらけたように親指で上の方を指すと、保は大切そうに箱を両手に包み込んだ。
「そろそろ時間です」
ジェームズが空を見上げる。いつの間にか、頭上には一番星が輝いていた。
「大丈夫。覚悟はできてる」
保が目を瞑る。
あたしは大きく息を吸った。
「お願い。保の記憶を消して。あたしと過ごした日々を全て」
「え?」
「承知しました」
ジェームズの声と共に、あたりが光に包まれる。
「あかり!」
保があたしの方へと手を伸ばした。
「なんでだよ! あかり!」
保の手が、あたしをすり抜け空を切る。「ごめん」涙を堪えて、あたしは答えた。
「保が死んだら、子どもたちが悲しむよ。だって保は、みんなの大好きな先生だから」
「あかり!」
「あたしの望みは、保が幸せになること。保には、可愛い子どもたちに囲まれて、いつまでも笑っていてほしいの」
「あかりがいなきゃ、俺は……!」
「大丈夫だよ。保は絶対幸せになる。だって、たくさんの人たちに愛されてるから」
「嫌だ」
泣きながら保が首を振る。なんだかまるで、子どもみたいだ。
「保」
保の優しさが、愛が、あたしの心を温かく満たしていく。初めて会った日の、あの穏やかな夕日みたいに。
「どうか、幸せに生きて。これからも、ずっと」
「あかり……!」
保の手から、箱が落ちる。そこから光がこぼれ落ち、真っ暗な海へと吸い込まれていった。
「いつか、極楽浄土で」
保の意識が途切れると同時に、あたしの魂は、この世界に別れを告げた。
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