湖の歌姫

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桃矢が去った泉の間には時雨と恋歌の2人だけがいた。 「久しぶりだな、恋歌」 「また、時雨様にお会いできて本当に嬉しいですわ・・!」 恋歌が嬉しそうに微笑む。 「湖の歌姫様が恋歌だとは驚いた・・。案内をしてくれた女の子が恋歌の事をお姉様と呼んでいたが、妹なのか?」 「花魁であることは外では話してはいけない決まりになっていますの・・。親を失った幼い娘達はみな女将さんに引き取られてここで暮らしておりますのよ。小さい時からずっと一緒ですので、全員姉妹のようなものなのです」 音楽遊郭「白夜」の決まりには様々なものがあり、15才以下の見習いの娘達はおもに案内係などを担当し、花魁になるために日々稽古に励んでいる。 そして、16才になり技術を女将に認められればはれて花魁となる。  また、花魁や見習いにかかわらず白夜で暮らす女性達は外出を禁じられているが、「鎮魂歌」と呼ばれる白夜の催しものの日だけは特別に数時間だけ自由時間が許される。 「鎮魂歌」とは白夜の花魁達による不定期開催の音楽の催し物のことであり、日時や場所などをあかさずに女将の判断で行われる。 時雨と恋歌が出会った夜も鎮魂歌の日だったのである。 花魁達はお客に気に入られ「身請け」されないかぎり白夜で一生を終える。 身請けとはお客が花魁を気に入り、身請け金を支払うことによって自分の妻とすることである。 だが、身請けが必ずしも幸せな結婚になるとはかぎらない。 望まぬ人や愛していない人に気に入られてしまう場合もあるのだ。 「時雨様・・。私、十六夜橋で時雨様が演奏されていた曲を覚えたいのです・・!聞かせていただくことはできますか?」 時雨はオカリナと同じように常に持ち歩いている小さな手帳をズボンのポケットから取り出す。 「実は、あれから歌詞と題名をつけたんだ・・。リンゴの歌も完成したぞ」 「そうでしたの・・!どのような歌なのか気になりますわ!」 時雨がポケットからオカリナを取り出す。 「歌姫様の前で演奏するとは面白い話だな」 「私、歌を早く覚えることが得意ですの!すぐに覚えてお聞かせしますわ!」 綺麗な空色の瞳を輝かせながら話す恋歌の前で、時雨は頬を染めながら曲を披露した。
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