鎮魂歌

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「僕は紅蓮の舞姫が三日月の簪をつけていると賭けよう!」 「たしかに、ここからは顔が見えるからな。簪も身につけていればわかるだろう」 会場内では蘭の出番を今か今かと待ちわびる観客でにぎわっていた。 すると、照明の色が水色に変わり、1人の花魁が登場する。 「し、時雨くん!見たまえ!」 「恋歌・・?!」 舞台に登場した恋歌に観客からは驚きと喜びの声が飛び交う。 「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。今宵の月明かりが皆様にとって素敵なものであるようにと祈りを込めて歌わせていただきます・・」 何とかしてみせるとは言ったものの、演目にはない歌である。 恋歌は緊張を隠しながら微笑むと大きく息を吸った。 「月夜の晩に・・」 観客席の時雨がその場から舞台の方にかけて行く。 「時雨くん・・?!」 突然のことに桃矢が困惑する。 「あなたを想う・・」 舞台の端に移動した時雨がポケットからオカリナを取り出す。 照明は舞台の恋歌を照らしているため、時雨の姿は観客には見えない。 演目にはなかった突然の恋歌の登場、そして歌姫である恋歌のうしろに演奏者が誰もいないことに、なにか緊急の事態でも起きたのだろうと時雨は感じていた。 時雨も神楽の団員として音楽の催しものに参加する際に、楽器の不具合や演奏者の体調不良など色々な出来事を体験してきた。 恋歌は今、舞台の上で伴奏も曲の演奏者もいないまま歌っている。 ならば、自分にできることは1つだと時雨は考えたのである。 それは、この曲を作った時雨にしかできないことであった。
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