鎮魂歌

4/4
前へ
/49ページ
次へ
演奏のない舞台の上で恋歌が不安と戦いながら歌声を響かせる。 ちらりと舞台の端に視線をうつすが、照明が直ったという合図はまだ出ていない。 「・・!」 ふと、聞いたことがある音がした。 それは、この曲を作ったとある男性がいつも持ち歩いているオカリナの音であり、恋歌の歌に合わせてその音色を奏でているのだ。 「月夜の晩にあなたを想う」それは時雨と恋歌が出会ったきっかけとなった曲であり、恋歌の大好きな歌である。 しかし、誰もが知る有名な曲ではない。 作曲家を志す時雨が趣味で作った歌である。 今、恋歌を助けることができる術を持つ者はこの歌を作った作者だけなのだ。 つまり、舞台の端からオカリナを奏でている人物に該当するのはただ1人ということになる。 すぐそこに時雨がいる。 そう思うと恋歌は強くなれた。 不安や緊張も次第にとけていき、演目にはない湖の歌姫と謎のオカリナ奏者による「月夜の晩にあなたを想う」と「雨の妖精」の2曲には観客から大きな拍手が送られた。 そして、恋歌と時雨がつないだ数分のあいだに無事に照明も直り、洋菓子屋の咲との身請けが決まった蘭の最後の舞台となったのだった。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加