第一章・水色の名残雪

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第一章・水色の名残雪

 門から離れたフィンは、ネウマの手をおそるおそる引きながら、少し離れた草むらへと誘導した。  ネウマの出で立ちは、色々な意味で目立ちすぎる。  まずはそれを何とかせねばならない。 「――髪、そのままの長さが良いか?」  ネウマほど長くはないが、腰より長く蒼い髪を伸ばして願掛けしていた人物を知っているからか、問いかけて良いものかと躊躇していた。  しかし、ネウマはあっさりと答える。 「動きやすいほうがいいですよね。これではお祈りしかできません。ええと……ナイフは……」  抱えた鞄を漁りながら、本や筆記用具を草むらに投げ始めたネウマには、頭を抱えるしかなかった。  巫女……鞄の中がぐちゃぐちゃな巫女…そして投げる巫女…… 「……ナイフが見つかったら、僕で良ければ切ろうか? 上手くはないけど……」 「ありがとうございます、助かりますわ。あ! ありました!」  ナイフを発見するやいなや、抜き身のまま切っ先を僕に向けたネウマに、軽くため息をつく。 「ネウマ……って、呼べばいいか? ナイフ等の刃物を相手に渡すときは、鞘から抜かずに柄を相手に向けて渡すか、鞘から抜いた場合は自らの手を傷つけぬように刃を持ちながら、同様に柄を相手に持たせる。ほら、こんな感じだ」  改めて刃を持ち、柄をネウマに持たせてやると、ネウマは瞳をきらきらと輝かせ微笑んだ。 「こう渡すのですね。実演していただいて、とってもわかりやすいです! フィンさんは教えるのがお上手なんですねっ」  柄を持って切っ先をこちらに向けたまま満面の笑みを浮かべているネウマと、今後どのように接してゆけばいいのか……  フィンは、ただただ後悔する。 「上手というか……そんなこと誰だって――」  そこまで言って、ネウマの瞳が澄みすぎているほど澄んでいることに気付き、言葉を変えた。  そうだ……この子は、初めてなんだ。  何もかもが、きっと――。 「――外の人間は、だいたい学んでいることだ。ネウマも、覚えておくといい」 「はいっ、フィン先生!」 「ぶっ……! せ、先生……? そ、その呼び方は……あ、あまり……いや、僕ら同い年くらいだろ? だから、な、呼び捨てでいいさ。な?」 「あら? わかりましたわ。では、フィン、ありがとうございます」  柔らかな笑みにはどこか威厳があって、ふと思考を巡らせる。  心細くないはずがないのに、そういえば、この少女は出会ってからずっと微笑んでいた。 「全く……」 「はい?」 「何でもない。動くと手元が狂う。じっとしていてくれ」  手のひらに掬った水色の髪を、そっと眺める。  蒼よりも透明感のあるその色は、あいつが記憶と化したことを物語っているようにも感じられた。 (もう、あの長ーーい細い三つ編みが揺れる背中を、見ることはないんだな……)  フィンは、瞳に滲んだものに気付かないふりをしながら、ネウマの髪に丁寧に刃を入れていった。
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