スキー馬鹿

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スキー馬鹿

目覚まし時計は、まだ暗闇に包まれている5時に鳴った。目が覚めた瞬間に、会社ではない。 銀色に輝く雪が待っている。銀雪の世界! リフトに乗り込む自らの姿をイメージすると胸は高まってくる。 着替えを済ませて、車のエンジンを暖めた。 これから目指すスキー場まで約3時間。 夜明け前の蔵づくり通りを抜けて、川越インターを目指した。 関越道を北へ走り藤岡ジャンクションからは、上信越道を走る。 朝早くからキャリアにスキー/スノボーを積んだ車が並行して走るが、上信越道からはスムーズに流れる。 修一は、横川サービスエリアで休憩して小諸インターを目指した。 冬晴れの快晴である。 真っ白な雪化粧の浅間山が青空に浮かんで見える。 小諸インターを降りてしばらく走ると、標高2000m近くまでを登坂する。 もちろんスネーク道になる。 登り始めは、ほとんど雪はないが、突然、雪道となる。アイスバーンになっている事も稀ではない。 初めて訪れた人だろう慌ててチェーンを取り付けている。修一の車のタイヤはスタッドレスである。 それにスタンバイの四輪駆動ではあるが心強い。 峰の丸高原スキー場は、コンパクトなゲレンデで、リフト待ちの長蛇の列はほとんど発生しない。 また、練習には最適なコースが揃っている。 何と言っても、パウダースノーは、スキーを楽しくするし、このスキー場は晴天率も高い。 修一のお気に入りのスキー場である。 いつもの様に、カプセルリフト乗り場に近い駐車場に車を停めて、ゲレンデへ向かった。 今シーズンの初滑りである。修一はリフトを降りると脚鳴らしで大回りターンでまずは滑った。 カービングスキーの普及で角付、踏み換え動作をしなくてもスキーは回るが、スピードのコントロールはある程度滑って体得しなければならない。 修一は数本滑って滑りを確かめると、このスキー場の最大傾斜のゲレンデへ向かった。 さすがに上級コースだけあって、メインコースはその名の通り上級者が大回り、小回りを使い分けながらキレの良い滑りで滑っていた。 修一はメインコースを数本滑ると、リフトから降りて反対側の不整地のコースへ入った。 自然のままの斜面は、日陰ではアイスバーン、陽当たりが良い場所はシャーベット状のザラメ雪になっていて、スキーヤーの技術が要求される。 滑り出しはさほどの斜度はないが、いきなりアイスバーンの急斜面になる。 やはり立ち止まって脇に寄っているスキーヤーが居た。それも若い女性の様である。 見てなよ! 修一はエッジに乗ったカービングからスキー板を面で捉える小回りで滑り降りた。 板のエッジを適度に立てるが、エッジには乗らないで面に乗ってズレる前に踏みかえる上級者の技術である。 滑り降りて上を見上げると、その若い女性は立ち止まったままで滑り出さない。 もしかして彼女は滑りのお手本のスキーヤーを探しているのか?そう思うと修一は急いでリフトに乗った。 リフトから不整地斜面は木々に隠されて滑りは見れないので、彼女が居るかは分からないがリフトを降りると再び不整地急斜面を目指した。 彼女は居た。上下真っ白なウェアで髪は後ろで縛り、ゴーグルをしているので顔は分からないが、スタイルの良い若い娘の様である。 修一は彼女が居座る反対側の端で止まると、ゴーグルをわざと掛け直して彼女をチラッと見ると、彼女は片側のストックで意味なく雪面を突いている。 君が中級ぐらいの脚前ならば、凍った急斜面はこうして滑るんだ! 修一はギルランデで滑った。ギルランデとは山回りの連続で恐怖となる谷にはスキーを落とさない。 端での切り替えはプルークでスピードをコントロールして谷へ落とせば良い。 さすがに滑り降りて上を見てしまうと彼女も滑り難いと思い、修一は滑り降りると板を外して駐車場のゲート脇から彼女の滑りを確認した。 硬いアイスバーンに脚を取られて転倒したり直滑降気味のスキーヤーがチラホラ居たが、彼女はギルランデを使って確実に滑り降りて来る。 無償のレッスンではあったが修一は嬉しかった。そして今シーズンの初滑りに満足していた。 昼食はいつものホテルのレストランで食べる。 信州と言えば蕎麦!+おやきである。 食券販売機でおやきの具に茄子味噌か野沢菜か迷ったが、茄子味噌を選ぶと山菜蕎麦の券を持って受付に差し出し15番の受信機を渡されるとテーブルへ着いた。 時間は午前11時半、比較的空いている。スマホを取り出して天気予報を確認すると、午後からは曇後雪の予報である。 番号が呼ばれるまで、スマホでオセロゲームをして受信機の振動を待った。 「お待ちどう様です。山菜蕎麦におやきです。」 その声に修一は、ハッとして声の主を見た。可愛らしい笑顔と真っ白な歯が印象的な若い娘である。 「先ほどはありがとうございました。連続山回り!とても勉強になりました。それから、これは私からのお礼です。中味は野沢菜です。」 お皿にはもうひとつのおやきが乗せられいた。 修一は直ぐに相手を理解した。 「どうも・・・遠慮なく頂きます。ありがとう。」 「ごゆっくりどうぞ。」彼女はそう言うと受信機を持って厨房へ入った。 可愛い!とにかく可愛い!それはあの娘を見たら誰でも思うだろう。ただそれだけであるが、彼女から野沢菜のおやきを貰っている。 もしかしたら・・・出会い!! 修一は食べ終わりトレーを持って返却口へ行くと、再び彼女が現れて笑顔でトレーを受け取ってくれた。 「とても美味しかったです。おやきありがとう。」 彼女は頷くと忙しそうな厨房へ消えた。 また会える!地元の娘ならば確実、もしかしたらホテルのお嬢さん、地方の大学生のアルバイトならば来週もまた来れば良い。それに午後にゲレンデでまた会えるかもしれない。 結局、彼女はどのゲレンデにも現れなかった。 また来週、本降りの銀色のゲレンデを修一は後にした。
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