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それぞれのクリスマス
木下茜。
直美の部下であり主任。お相手は、営業二課長の村瀬でる。
村瀬は、ある決心をしていた。それは、プロポーズである。
付き合い始めて1年が過ぎた。
「茜、明日のイブは僕の家で過ごさないか!お袋も一緒だけど。」
ドライブの帰り道に寄ったレストランで食事をしている時だった。
イブの夜にお母さんと一緒・・・
「紹介していただけるのね。」
それは、それで嬉しかったが、何もイブの夜じゃなくても。
昨年は、まだ付き合ったばかりで、一緒に食事をした後にプレゼント交換のみであったが、
今年は・・・ふたりだけのロマンチックなイブ。
そんな期待を木下は持っていた。
村瀬は、母子家庭である。父親は、彼が幼い時に事故死している。
ひとり息子の村瀬は親孝行で、大宮の賃貸マンションで母親とふたりで一緒に暮らしている。
「お袋、今夜はお客さんを連れて来る。僕の嫁さんにしょうと思う女性なんだ。」
母親の伸子は、還暦を迎えだばかりだが定年後も嘱託として、近くの油脂工場で働いている。
彼女は、危険物を扱う技術者である。その資格のおかげで村瀬を育てあげる事が出来た。
「馬鹿だね!あんたは、なにもイブの夜に連れて来なくても嫌われちまうよ。」
「お袋、彼女と一緒に暮らせると思うのか!それを見極めて欲しいんだ。」
「本当にあんたは馬鹿だよ。あたしゃ、この通りピンピンしてるから、ひとりで十分に暮らして行ける。」
「二世帯住宅をこの辺りに建てようと思う。とにかく会ってみてくれ。」
息子の想いに伸子は、嬉しくて嬉しくて仕方ない。
一生懸命だった。恥ずかしくない暮らしの為に身を粉にして働いた。
その甲斐があった。嬉し涙を堪えて朝食の後片付けの洗い物をしながら涙声を堪えて、
「あんたの気の済む様にしなさい。」
そして、イブの夜。
木下と大宮駅で待ち合わせると、車で自宅へ向かった。
「浩一さん、私ドキドキしている。」
「口はあまり良くないけど、人情味のある優しいお袋だからね。」
マンションへ着くとエレベーターで5階へと上がる。
仕事では常に冷静な木下ではあるが、今は真逆である。
ドアを開けると、母親がふたりを出迎えた。
「木下さんね、浩一の母親の伸子です。せっかくのイブの夜にごめんなさいね。何を考えてるやら、この子は、こうなったら三人でとことん飲みましょう。」
伸子は、そう言うとリビングへ案内した。
「木下茜と申します。同じ会社の企画課に勤務しています。失礼します。」
そう言うと茜は、玄関で靴を脱ぐと丁寧に揃えてリビングへと入った。
「ビールで良いかしら。ワインとか洒落たものは後にして。」
テーブルには、主役のケーキは勿論、オードブルやフルーツの盛り合わせ、そしてお寿司も用意されていた。
伸子はビールの栓を抜くと、茜のグラスへ注ぎ、浩一のグラスへも注いだ。
「私がお酌します。」
そう言うと木下は新しいビール瓶の栓を抜いて伸子のグラスへ注いだ。
「それじゃ、乾杯しましょう!でも、その前に神にお祈りをしなくちゃね。」
そう言うとグラスを置いて両手を合わせた。
浩一は???
茜は、慌ててグラスを置いて両手を合わせた。
「嘘よ嘘!一度して見たかったの。」
茜と浩一は、顔を見合わせると大笑いをした。
茜の緊張感は、一気に解き放たれた。何とも不思議なクリスマスイブであるが楽しい!
茜は、伸子の会話に引きずり込まれていた。
「茜!お酒が過ぎないうちに、君に話したい事がある!」
村瀬のプロポーズが始まろうとしている。
「茜、僕と結婚して欲しい!ただそれだけなんだけど・・・」
これを聞いて驚いたのは、母親の伸子だった。
「あなた、茜さんにまだ言ってなかったの!?」
伸子は、呆れ果てた顔をした。
「あっ、そうだ!おつまみのチーズたら買うの忘れちゃったから。」
そう言うと、信子はコンビニへ行くと言って慌てて部屋を出た。
「浩一さん、それはプロポーズね。」
茜は、そう言った後で真顔で村瀬を見た。
「私で良いのなら、こんな私で。」
「ありがとう!君を精一杯幸せにする。」
そして照れくさそうに、
「これは婚約指輪、それにこれはクリスマスプレゼント!」
そう言うと村瀬は指輪の入った箱と、プレゼントを渡した。
「サイズは分かったの?」茜は、包みを広げながら浩一へ、
「今年の川越祭りの時、露店でアクセサリーを見ていたら、彼氏なら彼女へプレゼントしてあげなさいと言ってサイズ測られただろ。それを覚えていたから。」
箱の中には、茜の誕生石のアメジストが入っていた。
濃い紫色が上品で貴賓を感じさせる。早速、茜は薬指に通すと、
「浩一さん、ありがとう。」
粒は、大きくもなく小さくもない。キラキラと常に輝く石ではないが、光の加減がマッチした時、その輝きは他の宝石を圧倒する。
「僕の給料の3ヶ月分・・・本当は2.5ヶ月分だけど。」
「良いのよそんな事は、大切にするわ浩一さん。」
そして、もうひとつはクリスマスプレゼント。
茜はハサミで丁寧に開けた。
カシミアのセーター。
先週ショッピングに付き合った時に、茜が欲しがっていたセーターである。
村瀬は、その時に、そのセーターをクリスマスプレゼントにしょうと決めていた。
「ありがとう!これ欲しかったんだ。」
村瀬は、木下にこれからの生活設計を説明した。
「この辺りに二世帯住宅を建てる。幼稚園は1キロ圏内に2件、小学校は徒歩5分……」
「一生懸命に育ててくれたお母さんに恩返ししないとね、浩一さん。」
仕事では駆け引きは得意な村瀬であるが、恋には直球勝負である。
それからは伸子と三人で、不思議なクリスマスイブを茜は過ごした。
村瀬は、終電に間に合う様に、駅まで茜を送った。
「承知してくれてありがとう。」
村瀬は、そう言うと茜の手を握った。
「お母さんは、あなたの大切な人だもの。」
木下茜は幸せを実感していた。
兼子里美と三上哲哉、そして兼子の息子の航。
仕事を終わって帰宅した三上は、久しぶりに父親と鍋を囲んで酒を酌み交わしていた。
「哲哉さん、お父さんとたまには、お酒ぐらい呑んであげて下さい。」
兼子からの忠告。
一緒に暮らして居ても、ろくな会話もしなければ、食事も別々。
そんなつまらない親子関係が続いている。
「哲哉さん、いつまでそんな親子を演じているの?」
兼子にそう言われて三上はハットとした。
同じ屋根の下に居ながら、挨拶もろくに交わさない。
お互いに干渉しないのが掟である。
それでもおかしなもので、掃除をする場所や庭の手入れ等の役割分担は決まっていた。
ある意味、お互いに演技をしているのかもしれない。
三上の方から下手な芝居に幕を降ろそうと、会話を始めた。
初めは、戸惑った父親であっが、次第に心を開いてくれた。
今夜は半月ぶりに、父親特性のちゃんこ鍋を楽しんでいたその時、
三上の携帯が鳴った。
相手は、高校時代からの友人である望月からであった。
「えっ!本当なのか望月、ありがとう!!」
22日の夜に、東京ディズニーリゾートにあるスワンホテルに泊まれるという吉報であった。
望月は、スワンホテルの従業員で、接待係の係長である。
こういった事で友達というものは、非常にありがたい。
勿論、キャンセル待ちであるが、東側の12階。夜景はばっちりである。
望月は、人数を確認した。
「大人ふたりに小学生ひとりで間違いないな。」
「そうだ!間違いはない。」
「ちょっと待っていてくれないか、折り返し直ぐに電話するから。」
三上は、電話を切ると兼子へ電話を掛けた。
「ありがとう!大丈夫よ。航は午後2時に保育園から帰るから直行しましょう。」
こうして、兼子と航、そして三上の3人は、
東京ディズニーリゾートで、ひと足早いクリスマスを楽しんだ。
そして、真田愛。
彼氏の居ないクリスマスイブ。
今の真田にはクリスマスイブに彼氏と過ごすなんて全く眼中にはない。
水沢慎太郎の芸術に真っ向から向き合い、自分には足りないものを吸収する事に集中している。
しかし、そんな真田に想いを寄せる男性が居る事は決して不思議な事ではない。
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