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永遠の人
いよいよ、修一と直美の結婚式が間近に迫って来た。
木下茜は、披露宴での営業部企画課の催しを思案していたが、松本に居る真田愛も参加させるべく、真田へ電話を掛けて週末の土曜日に大宮駅で待ち合わせる事にした。
真田は、月に二回は埼玉へと戻る。
木下、兼子、小平の3人は、大宮駅で真田と待ち合わせると、駅ビルの喫茶店に入った。
「真田、大活躍じゃん!これからは愛先生と呼ばせて頂きます。」
いつもの様に兼子が茶化したが、真田はすでに安曇野では先生と呼ばれていた。
それは修一の叔父、水沢俊太郎によって真田愛が秘めていた才能を見出だされ、彼によってプロデュースされた事で、世間に認められたからである。
安曇野は勿論、長野、山梨、新潟、首都圏の美術館に出品した事で、美術関係のマスコミから高い評価を受けていた。
また、地元の新聞社は、紙面に真田愛の特集を載せたりもする。
松本から大宮駅へ着いた真田愛には、俊太郎への恩返しではないが絶対に叶えさせたい想いがあった。
「課長は、居ないんですか?」
「真田さん、披露宴での私達のパフォーマンス披露だから課長には内緒。」
この企ては木下がリーダーである。
「そうですよね。でも私、課長に相談したい事があるんです。」
「愛ちゃん、もしかして恋の悩み?うちの課長はキューピッドだから。」
兼子は、そう言うと小平へウインクをした。
「でも、あんたには松本支社の運転手でアシスタントの彼氏が居るんでしょう!別れたか?」
さらに兼子は茶化したが、真田の表情はしんみりとしている。
さすがに木下が兼子の口をふさいだ。兼子も冗談が行きすぎた事に気付き、
「愛ちゃん、ごめん・・・本当に別れたの?」
この言葉に真田は吹き出すと、
「まだそんな関係ではないですよ里美先輩!」
この言葉に皆、安心したのか、運ばれて来たドーナツを食べ始めた。
「それで相談って何?真田、もしかして仕事の悩み?」
兼子は気になって仕方がない。
「仕事は順調ですよ。たいした事はないんですが・・・」それより披露宴でのパフォーマンス。無難に歌でも唄いませんか!」
真田はそう言うと食べ残しのドーナツを頬張った。
「歌か、無難だけど選曲に迷っちゃうな。」
兼子がしんみりと言った。
「いきものかかりのありがとう何てどうでしょうか!プロのバンドで唄ってみたいです。私達の思いがきっと課長に届くと思います。」
小平の提案に、木下が賛成した。
「良いわね!振り付けを考えましょう!」
「私、あの歌が大好きですから泣いてしまうかも。」
小平は、そう言うと既に涙ぐんでいる。
「いやだな小平さんもう泣いていたんじゃ唄えないでしよ。」
そう言った兼子も涙目になっていた。
真田に至っては目頭をハンカチで拭って、すすり泣いている。
「もう皆、どうしちゃったのよ!私まで・・・」
気丈な木下もさすがに瞳が潤んでいる。
心から直美へありがとう!そう思うと皆、自然と涙が流れた。
「真田さん、課長に相談って私達には言えないことなの?」
「木下主任、そんな事はないですけど、ちょっと・・・」
真田は、しばらく考えていたが、
「実は、私がお世話になっている水沢先生に会わせたい女性が居るんです。」
「水沢先生って課長のフィアンセの岸本さんの叔父様で著名な芸術家でお世話になっている方ですよね。真田さんがそこまで思うのは何か理由があるんですか?」
真田は、あまり事情を知らない皆んなに俊太郎の永遠の女性について語り始めた。
直美に連れられて俊太郎のアトリエを訪ねた時に、俊太郎の永遠の女性が描いた童話の挿し絵に感動した事。
その挿し絵を俊太郎は、時々涙ぐんでは開いている姿を真田は幾度となく目撃していた。
安曇野に居る修一の兄嫁の三枝の話では、直美や真田に出会った事で、その純粋な優しい心に触れて、本当に愛した女性にもう一度で良いから会いたい!
そんな気持ちになったのではないかと。
この三枝の想像は、そのものズバリであった。
俊太郎がずっと忘れていたもの・・・それは、素直な気持ち!
直美との出会いが、その気持ちを取り戻すきっかけとなった。
年月が流れると、愛や恋なんて消え去るもの。そんな風に思っていたが、駆け落ちまでしようとした愛しい女性。
今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。
「それで、どうやって探し出すの?」
木下のこの言葉に皆、一斉に真田に注目した。
「地元新聞の記者に守山さんという方が居るんですけどこの話を持ち掛けたら、何とかしてみようと快く引き受けてくれました。」
守山は、アルプスタイムスの記者で、真田愛の特集を掲載させた程、真田の才能に惚れ込んでいた。
「それで、どうだった?真田!」
兼子が直ぐさま反応した。皆の視線は再び真田に注がれた。
「所在が分かりました。」
「それで!」
兼子、小平が口を揃えて言った。
「真田さん。やっぱり課長に話しましょう!」
木下は、そう言うとスマホを開いて直美へ電話を掛けた。
この知らせを受けた直美は、修一に直ぐに連絡して一緒に大宮の喫茶店へと向かった。
永遠の女像は俊太郎が愛した女性。光の加減で真影と陰影を魅せてくれる。
知りたい!そして俊太郎にあの像の女性に合わせてあげたい!ふたりは駅に着くと小走りで喫茶店へ向かった。
「課長、岸本さん、お久し振りです。」
「木下さんから話しは聞いたけど、もっと詳しく教えて下さらない。」
直美の問い掛けに、修一も興味津々である。
「水沢先生の永遠の方は、都内の八王子にお住まいです。これが守山さんが調べてくれた内容です。」
真田は、四枚綴りのレポート用紙を直美へ渡した。
修一を始め皆、その内容を早く知りたかった。
「水本弥生。」そう言うと直美は、一目散に読み始めた。
読み終わり、珈琲を少しだけ飲むと笑顔になったが、瞳は濡れていた。
隣で一緒に読んだ修一も椅子に大の字にもたれ掛かって天井を見ている。
木下、兼子、小平は、直美の表情から良い感触を得たが、早く内容が知りたかった。
木下が待ってましたとばかり、直美からレポート用紙を受け取ると、兼子と小平が除きこむようにして一斉に読み始めた。
・・・
三人が読み終わると、「良かった!」兼子がしんみりと言った。
「素敵な方ですね。」小平はそう言うとハンカチで瞳を拭った。
木下も笑顔ではあるが、眼鏡の奥の瞳は濡れている。
そのレポートの内容は、
水本弥生 63歳。
本名、園芝弥生。
東京都台東区田原町出身。東京昭和大学芸術学部卒。
(株)文冬芸術社に三年間在籍後に独立。
イラストレーターとして童話を主に挿し絵を描く。
文藝イラスト部門大賞等、数々の賞を受賞。都内の八王子へ移住して喫茶室「アトリエ」を開店。
現在もイラストレーターとして活躍中。
婚歴無しの独身。
代表作の童話集と、水彩画、そして雑誌のコラムのコピーが最後のページに記載されていた。
そのコラムは、大賞を受賞した20年前に書かれたものであったが、木下も兼子も小平も、皆んなこのコラムに感動した。
私の王子様は銀雪に消えた。
その内容は、まさに水沢俊太郎との出会いから、かけ落ちまで決心した気持ちが、あからさまに書き綴られていた。
そして、末尾には、私は、大好きになった人を愛しく想うだけで幸せな気分に成れます。アルプスの景色はどうですか?
私は、この世に生かされている限り、消えてしまった貴方が再び私の目の前に現れる日を信じてお待ちしています。
「きっと、園柴弥生さんは今でもお気持ちが変わっていないと想うわ。」
直美の瞳から大粒の涙が流れた。
この時、直美は俊太郎から貰ったガラスの女の像を思い出していた。
「真田さん、ありがとう!本当にありがとう。」
修一は、涙が流れないように天井を見上げていた。
嬉し涙とは不思議なもので、簡単に伝染する。
でも、笑顔で泣ける嬉しさは人の心を成長させる。
そして、団結させる!
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