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結婚
弥生の俊太郎への思いは、直美達を十分に安心させた。
そして、幸せな気持ちにもさせてくれた。
直美と三枝は目を合わせた。
そして、三枝が大きく頷くと、思い詰めた顔で弥生へ言った。
「水本先生!直美さんと修一さんの結婚式の日に、俊太郎伯父様と会って下さい!」
弥生は、皆の顔をひとりひとり見ながら、そして三枝へ向かって大きく笑顔で頷いた。
「良いわよ、原田さんの結婚式を乗っ取ってしまうけど良いわね。」
直美は、笑顔で頷いたが流れる涙をハンカチで拭うと、
「おふたりの永遠の愛は、私と修一さんにとっては、この上ない贈り物です。」
直美は、携帯電話を開いて、修一へメールを打つと皆で撮った写真を添えて送信した。
いつの間にか、時間はもうすぐ10時に成ろうとしている。
「それでは水本さん、本当にお会い出来て嬉しかったです。私達はそろそろ・・・また、修一さんとお伺いします。本当にありがとうございました。」
「三枝さんと真田さんは、泊まっていきなさい。これから安曇野までは大変でしよ。それにあなた達に俊太郎さんの話しをもっと聞きたいわ。」
こうして、水本弥生と会う事が出来た直美達は、八王子を後にした。
修一と直美の結婚式。
親戚や会社関係者、そして大切な友人。
本当に一緒に祝って欲しい人だけを修一と直美は招いた。
結婚式前夜。
家族と過ごす夜。
直美は、母親と一緒にキッチンに居る。
父親の好物である直美特性のカレーライスを作って、振る舞うためである。
直美は、然り気無く父親のグラスにビールを注ぐと、
「お父さん、今までありがとう。温かな家庭で私を育ててくれて本当にありがとう。」
父親にとっては、ありがたい言葉である。
「お前が、名前の通りに真っ直ぐに、そして美しく育ってくれた事は、何よりの幸せだったな母さん!」
さすがに、照れて母親へ振る。
「修一君は、真っ直ぐな男だ。お前にふさわしい男だ。幸せに成りなさい。私は、自信を持ってお前を修一君へくれてやる。」
直美は、ゆっくりと頷くと勢い良く飲み干した父親のグラスにビールを注いだ。
娘の人生において、最高の日は明日である。
そしてその夜、直美を真ん中に川の字で三人は寝た。
直美の産まれた日から……様々な出来事と沢山の思い出。
話が尽きない事を悟った父親は、寝た振りをして直美を休ませた。
一方の岸本家は、信州安曇野から修一の両親、兄の芳樹と三枝に娘の真帆。
そして、水沢俊太郎。
式場となる川越のホテルに入った。
修一は、蔵造り通りの料亭に皆を案内すると、一緒に食卓を囲んだ。
「いよいよだな修一!直美さんを幸せにしてあげなさい。」
当たり前の事を修一の父親である誠一が言うと、
「直美さんは、あなたには過ぎたお嫁さんですよ。大切にしなさい。」
母親としては、 息子のお嫁さんに嫉妬心が全くないわけではないが、直美には全てを許せた。
俊太郎は、相変わらず無愛想な表情であるが、真帆が妙になついている。
電車に乗っていても、
「山のお爺ちゃん。ミッキー描いて。」
そうせがまれると、ニコニコして描いてあげる。
昼間、案内した蔵造り通りや喜多院でも、絵を描いている人を真帆が見つけると、俊太郎へスケッチブックを渡して、
「あの人みたいに、あの赤色のおうち描いて。」
俊太郎は、やれやれと言いながら鉛筆を握ると、すらすらと描く。
幼い真帆にとって、俊太郎は魔法使いでもありヒーローである。
余談ではあるが、この様な体験が真帆には刺激となり、彼女は将来、真田愛に従事して著名な画家へと成長する。
俊太郎は明日、披露宴で弥生と会う事を知らない。
この事を知っているのは、修一と直美。それに三枝と芳樹、真田、木下、兼子、小平。
そして、ホテルの関係者と、司会を務める埼玉では有名なラジオのパーソナリティの小野である。
直美から弥生が俊太郎と自分達の結婚式の披露宴で会う事を承諾してくれた事を聞いた修一は、
司会者の小野へ連絡をして、俊太郎と弥生の演出を依頼した。
この話を聞いた小野は、水本弥生の作画絵本の愛読者でもある事から感激し、ふたりの再会の段取りを考案してくれた。
修一は、さっそく直美を伴って八王子へ行って弥生と会うと、小野が考えた俊太郎との再会の段取りを弥生へ打ち明けた。
弥生は大いに照れたが、修一と直美から懇願されると断り切れなかった。
いい歳をして・・・
こんな思いは、修一と直美へは通用しない。
幸せの時間、それは一日であっても一時間、いや!一秒でも、ないよりはましである。
そして、いよいよ修一と直美の結婚式が始まった!
その日は、梅雨前線が大陸の高気圧に押し出され大平洋側へと下がった。
初夏の穏やかで乾いた南風が、そよ風となり心地好い。
直美は、母親と朝早くに家を出るとホテルに入った。
修一は、ホテルで直美と会ったが、ゆっくり会話する暇もなく、直美は母親とスタイリストに伴われ、
これから、この世でいちばん美しい女性と成るための準備に入った。
男は暇である。
衣裳は、朝の出勤と同じ時間で躰に纏う事が出来る。
控え室では、岸本家と原田家が談笑しているが、修一はホテルのロビーでひとり、
直美との出会いから今日までの日々を、缶コーヒーを飲みながら回想していた。
スキー場での出会い。
紛れもなく一目惚れであった。
素直で優しい直美……それは、自分が求めていた女性!
彼女と一緒に居られるだけで嬉しかった。そしてその姿は愛らしく、話す言葉は心地好い。
一緒に居て嬉しい……これまでに感じた事はなかった。
直美に会えて良かった。
もし、会っていなければ、彼女によって幸せに成る男は自分ではなくて、他の誰かに渡ってしまっただろう。
今日、これから直美と式を挙げる。
神父を通して神に報告する。
そして神に誓う。
直美を幸せにすると誓う!
本当に誓う!心から誓う!
いや、ちょっと違う……神に誓うのではなくて、直美へ誓う!その気持ちを神に認めて貰う……
つまり……???
それは、自分に誓う事なのかもしれない。
式を挙げる時間が迫って来た。
修一は、控え室に入った。
待って居たのは、純白のウェディングドレスを纏った直美である。
笑顔で修一を迎える。
綺麗だよ!とっても……
お決まりの言葉であるが、本当の言葉である。
他にどんな言い方もない。
そして式が始まった。
バージンロードの真ん中で、直美を彼女の父親から引き渡されると、リハーサル通りのステップで神父が待つ祭壇へと向かう。
オルガンから流れるメロディと、聖歌隊が歌う讃美歌が、厳粛な雰囲気を作り上げる。
直美は、笑顔を絶やさない。
やっぱり可愛らしい女性である。
誓いの言葉、指輪の交換……
スケジュール通りに式は進行して行く。
そして、神への報告が終わり修一と直美は、夫婦となった。
承認者と成る為に集まってくれた人達の笑顔と涙と拍手に、修一と直美は笑顔で応えて退場した。
そして、控え室に入るとスタイリストが駆け寄り、直美を連れ去って行く。
残された修一は、司会者の小野と披露宴のスケジュール確認をした。
俊太郎と弥生の対面は、小野にとっては非常に興味があり、彼の受け持つ朝のラジオ番組で紹介すると言う。
小野との打合せが終わると、
直美が、鮮やかなマリンブルーのドレスを纏って現れた。
「修一さん、ありがとう!」
「疲れてない直美?」
直美は、伏せ目勝ちに首を横に振ると、
「私、とっても幸せです。ありがとう修一さん。」
直美の素直な気持ちである。こちらこそありがとう!
修一は心のなかで呟いたが、大きく頷くと笑顔で応えた。
係りの者が、修一と直美に披露宴の準備が整った事を伝えに来ると、
「さー直美!皆から祝福して貰おう!」
いよいよ披露宴の始まりである。
修一と直美は、腕を組んで会場のドアの前に立った。
修一と直美が入場に選んだ曲は、ヘップバーンの「ローマの休日」である。
プロのジャズバンドの演奏が始まると、会場のドアが開いた。
修一と直美は、大きな拍手に迎えられながら、笑顔でゆっくりと雛壇へと進んだ。
やはり、直美の部下である木下、兼子、真田、小平の四人娘は、直美の姿を見ると、感極まって泣き、そして微笑む。
いわゆる泣き笑い状態に陥った。
直美の存在は、彼女達にとって誇りであり、憧れでもあった。
直美の幸せ!それは企画課の幸せでもある。
修一と直美は、正面を向くと深々と一礼して着座した。
小野の切れのよい喋りで、二人のこれまでの生い立ちが、写真とビデオのスライドで紹介された。
入学、卒業、運動会・・・ふたりのスキーの滑りも流れた。
そして乾杯が終わると主賓の挨拶。
岸本家は、修一の会社の専務取締役の坂元が務めた。
さすがに場馴れしている。しかし、面白味がなく、無難な挨拶であった。
そして原田家は勿論、社長の長沼である。
長沼は、直美の女性としての品格にふれて、彼女から沢山の事を教えられ学んだ事を話した。
それは、一般的な作法や礼儀等ではなく、いつもまわりの人達を思いやり気遣う。
その気持ちが素直に、自然に相手に伝わり触れ合うことの出来る女性!
「直美君!いつもありがとう。」
長沼がそう言ってスピーチを終えると、小野のテンションが一気にヒートアップ!
木下、兼子、真田、小平の四人娘がスタンバイしていた。
木下が、これまでに誰も知らなかったフルートで「ありがとう」の前奏を奏でた。
彼女は、中、高と吹奏楽部に所属。
木管楽器の透き通った調べが会場に流れ、生バンドの迫力のある演奏が始まった。
兼子と小平をメインに、可愛らしい振り付けで四人は唱った。
心を込めて!
笑顔で、直美と修一へ語りかけるように歌う。
泣かないで最後までどうにか歌い終わると、四人は、直美に駆け寄り祝福した。
その光景を見ていた長沼は、人の大切さをあらためて実感していた。
才能は、豊かな知識により発揮されるのかもしれないが、人との関わりなしでは、生きては行けない。
知性とは人そのものであり、そこから発せられるオーラみたいなものなのかもしれない。
直美には、それがある。人から慕われるオーラ。
長沼は、そんな事を思いながらワインと運ばれて来た料理を楽しんだ。
小野の軽快なトークは、場を盛り上げた。
友人、同僚、上司、部下・・・
彼等は、小野のマジックにかかった様に、次々と愉快なエピソードや歌を披露した。
修一と直美の両親へのそれぞれの思いを、小野が代読すると式のクライマックスである。
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