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銀雪の恋
「弥生さん!とてもエレガントでお綺麗ですよ。」
三枝は、メイク担当のスタイリストと一緒に控え室で弥生の緊張をほぐす為に談笑している。
進行係が、「もう直ぐですよ。」と伝えに来ると、
「弥生さん!頑張りましょう!!」
弥生、本人よりも三枝の方が既に舞い上がっている状態であるが、彼女の持ち前の明るさは、弥生を十分に和ませてくれた。
弥生は、俊太郎と会える喜びをそっと胸の奥に秘めている。
それは、誰にも分からない自分だけの素直な気持ち。
何を言って、どんな風にしよう・・・まるで考えてはいない。
弥生は、俊太郎に会ったその時に 、その時に感じた気持ち・・・何も言葉には成らないかもしれないが、それでも良い。
披露宴会場では、修一がマイクを手に取り、参列者への挨拶が始まっていた。
月並みの言葉を並べただけの挨拶であったが、最後に直美の両親へ大切な娘さんを頂いたからには、必ず幸せにする事を誓った。
その事は先程、神に誓ったばかりだが、両親への誓いはさらに気持ちを引き締めた。
一般的なスケジュールは、挨拶が終わると新郎新婦が退席して、入り口で招待客を見送って宴は終了するが、
「お集まりの皆様、ここで新郎の伯父で著名な芸術家でもあります水沢俊太郎様に、ご挨拶をいただきたく思います。
本日の引き出物には、水沢先生が自ら焼かれた茶碗、皿、箸置き等をお持ち帰り頂きます。
そして、入り口に飾ってある硝子のオーケストラは、先生の代表作であります。」
小野がそう言うと、会場から拍手が沸き起こった。
小野は、俊太郎へ挨拶を促すと、
突然の指名に驚いた様子であったが、俊太郎はマイクの前へ立った。
俊太郎は、両家にお祝いの言葉を伝えると、
「直美さんが、私のアトリエへ修一と初めて訪ねてくれた時、お恥ずかしい話しですが、私はずーっと前に恋をしていた女性を思い出しました。
私は、自分でも十分に分かっているのですが、どうしようもないひねくれ者です。」
場内がしーんと静まった。
「そんなひねくれ者が、直美さんや愛さん、そして三枝さんに接して行くなかで、何よりも大切な心の居場所・・・上手く表現出来ませんが、たぶん、素直な気持ちこそが、
人を愛するには必要なんだと、私には取り戻せわしないが、お前達なら大丈夫!
修一!直美さんを大切にしなさい!」
いつの間にかバンドの演奏は、ビートルズの曲に、そして、テーブルには紅茶が運ばれている。
紅茶は、勿論アッサムである。
「皆様、どうぞ紅茶をお楽しみ下さい。そして、入口にご注目下さい!
これより、新郎新婦が御呼びしたスペシャルゲスト 、水本弥生、いや、園芝弥生先生をご紹介致します。」
小野は淡々と話すが、園芝弥生の名前を聞いた俊太郎は、驚きの表情を隠し切れなかった。
ドアが開き、三枝に伴われた弥生をスポットライトが照らし出した。
その出で立ちは、真っ白な着物に水仙の黄色い花がバランス良く裾に描かれている。
修一と直美は弥生に駆け寄ると、俊太郎の元へ弥生をエスコートした。
俊太郎は、呆然としている。
弥生は、笑みを絶やさずにゆっくりと俊太郎に近付いて来る。
そして、俊太郎の前で立ち止まると、
「俊太郎さん、いつまで待たせる気ですか、私をアルプスの見える街に連れて行って下さらないのですか。」
信じられない・・・ずっと思い描いていた弥生が目の前に居る。
しかし、あまりにも突然過ぎて、俊太郎は固まったままである。
小野が直美へ硝子の女像を渡すと、直美は俊太郎へ、その像を手渡した。
「俊太郎伯父様、これを弥生さんへ。あなたを今日から伯父様と呼ぶ事が出来て嬉しいわ。」
その像を手渡されて、やっと我に帰った俊太郎は、直美、修一、そして三枝の顔を次々と見ると、
「やっと迎えに来れた。この像を仕上げるのが大変でね。」
俊太郎は、そう言うと弥生へ硝子の女像を手渡した。
「ありがとう俊太郎さん、天才なのに随分と時間が掛かったのね。」
弥生は、そう言うと瞳から一筋の涙が流れた。
「君は、ちっとも変わっていないね、あの頃と同じだね。」
俊太郎は、弥生へ微笑みかけると両手を弥生の肩に掛けた。
弥生は、堪らなくなって俊太郎の胸の中にそっと入った。
「申し訳ない、本当に申し訳ない・・・済まなかった。」
俊太郎は、弥生を抱き締めると、何度も詫びた。
弥生は、俊太郎の胸のなかで何度も何度も頷いた。
「参列者の皆様に、おふたりの事の成り行きをお話し致します。
今から40年前、時はまさに高度成長の真っ只中・・・」
小野は、俊太郎と弥生の叶わぬ恋を話し始めた。
小野が話し終わると、長沼が立ち上がり、俊太郎と弥生へ向けて拍手を送った。
それにつられるように、皆、一斉に立ち上がると、会場は大きな拍手に包まれた。
「水沢先生、園芝先生!冬には、銀色に包まれる大山脈の北アルプス!その勇壮で厳しくもあり優しくもある景色を、いつまでもおふたりで見守って下さい!新婦の直美さん、そして弥生さん、おふたりは銀雪で結ばれました。」
幸せであれ!
いつまでも・・・いつまでも。
銀雪の恋 完
最後まで読んで頂きありがとうございました。
安曇修
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