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「今日は君に、とっておきのマジックを披露したいと思う」
お決まりの文句と自信に満ち溢れた笑みで、尼崎くん劇場が始まった。
デートの時にいつも訪れるカフェ。
店員さんは、もうオーダーを取らなくても、尼崎くんにはホットコーヒー、そして私にはホットのカフェラテとモンブランを運んでくれる。
「マジック?」
カフェラテに砂糖を入れながら、話半分で尋ねた。
正直言って、モンブランの方に集中したかった。
「今日から僕のことは、Mr.アマックと呼んでくれ」
そう言ってサングラスをかける尼崎くん。
「そういうのいいから」
尼崎くんは、面倒くさい男だ。
だけどどこか憎めない。
憎めないどころか、ガッツリ心を奪われて交際をしている始末。
彼には言葉ではとても表せない、人の心を惹きつける魅力がある。
それは付き合って三年経っても、全く色褪せなくて。
「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥン……」
「ちょっと尼崎くん! それ、お店のだから!」
私の心配をよそに、お店のティースプーンは曲がらなかった。
早速失敗じゃないか。
とんだ肩透かしだ。
「続いて、……デッカくなっちゃった」
そう言って、不器用に偽物の大きな耳を左耳に当てる。
ハッキリ言って全く上手じゃないし、面白くもない。
だけど今日の為に大きな耳をネットで購入したのかと思うと、健気さに泣けてきた。
「続いてはトランプマジックです」
尼崎くんはトランプを取り出して、切り始める。
それもまた上手くいかなくて、バラバラにテーブルの上を舞うトランプ。
床に落ちた数枚を、隣のテーブルのお客さんが拾ってくれて、尼崎くんは真っ赤になりながら「すみません」と頭を下げた。
どうしていきなりマジックなんか始めたんだろう。
新しい趣味の開拓?
でももう趣味は、二人で始めたサイクリングや卓球、囲碁やカードゲーム、料理、利き酒なんかで充分な気がする。
申し訳ないけど完成度が高いとは言えないし、よく見ると彼の手は震えている。
珍しく緊張しているのかな?
汗も尋常じゃない。
そうまでして、無理してマジックなんてしなくてもいいのに。
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