第3話 揺り籠にまどろむ螺旋(5)

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第3話 揺り籠にまどろむ螺旋(5)

「先々王陛下には〈神の御子〉の王女――ヤンイェンの母親がいましたが、王子はいませんでした。彼は実の娘が可愛かったので、女王などという〈神の御子〉を産むだけの道具にしたくありませんでした。だから〈七つの大罪〉を頼り、王となるべき男子を作らせました。――それが我が父にして、先王陛下です」 「……」 「先々王陛下にとって、先王陛下は王位を渡すだけのただの人形。愛情なんてまるでありません。先王陛下は寂しい子供時代を過ごされたようです。ですから、ご自分は同じことをすまいと、頑なに〈七つの大罪〉の手を拒んだのです」  ハオリュウは、ごくりと唾を呑み込んだ。  どんな反応を示すべきなのか、とっさに判断できなかった。美談に聞こえなくもない。だが、結果として、現女王は不幸になっている……。 「先王陛下は、なんとしてでも〈七つの大罪〉に頼らずに〈神の御子〉を得たいと考えました。そこで、彼は『もっとも〈神の御子〉を産む可能性が高い女性』を手籠めにしました。……それが、誰だか分かりますか?」  あまりにも不敬な問いかけに、ハオリュウは一瞬、何を訊かれたのか理解できなかった。咀嚼ができてからも、彼は戸惑い、声を詰まらせる。  けれど、彼の明晰な頭脳は、答えをはじき出していた。 〈神の御子〉を産む可能性が高い女性といえば、〈神の御子〉である女性。今の話の中に出てきていて、年代的に該当する人物はひとりしかいない。 「〈神の御子〉である先々王陛下の王女。――つまり、先王陛下の『姉』。ヤンイェン殿下の母君……ですね」  そう口にした瞬間、ハオリュウの頭は真っ白になった。  ある可能性に気づいてしまったのだ。それは、恐ろしく度を越えた想像だった。 「……ああ、その顔は気づいたようですね。まったく、君は素晴らしい」  カイウォルの無情の声が響く。 「で、殿下……っ」  すがるような気持ちで、ハオリュウはカイウォルを見つめた。しかし、その思いは無下に切り捨てられた。 「ご想像の通りです。ヤンイェンは、先王陛下とその姉君の間にできた子供。――彼は、私や女王陛下の異母兄弟ということです」 「……っ!」 「確かに、クローンである先王陛下にとっては、彼女は実の姉ではありません。しかし、仮にも『姉』と呼んだ女性に、彼は子供を産ませたのです。〈七つの大罪〉に頼らずに〈神の御子〉が欲しいという、ただ、それだけのためにね」 「……」 「そこまでしたのに、生まれたヤンイェンは黒髪黒目でした。……皮肉でしょうか。それとも、まさに天の(ことわり)ということでしょうかね」  カイウォルの囁くような深い声が、すっと解けるように天へと消えていく。  そのあとは、聞かなくても分かった。  国王がクローンであることが極秘である以上、ヤンイェンの父母が公になれば、姉弟間の禁忌の子供となる。故に、彼が王子であることは隠され、母親のもとで育てられた。  それから十年近くも経って、ようやく〈神の御子〉たる現女王が生まれた。そして、彼女が生まれたのと同時に、ヤンイェンは内々の婚約者となった。公式には、彼は濃い神の血を持つ『従兄』であり、『異母兄』ではないからだ。 「ハオリュウ君。女王陛下は、ヤンイェンとの間に〈神の御子〉をもうける努力をすべきだと思いますか?」  それは、先ほどもカイウォルが口にした言葉だった。  しかし、王家の隠された真実を知った今、ハオリュウの耳にはまったく別の響きに聞こえた。 「女王陛下は――私の妹のアイリーは、涙に暮れています。私は兄として、妹を救ってやりたい。そう思うことは、身勝手でしょうか?」  長い指先をぎゅっと内側に握りしめ、カイウォルは苦痛に顔を染める。わずかにうつむくと、王位継承権を持たない黒い髪が、目元に掛かって影を作った。 「殿下……。だから、この赤子を作った、というわけですね」 「そういうことです」  溜め息のような返事だった。  ハオリュウは、再び硝子ケースの赤子を見た。 『ライシェン』と名付けられた彼は、まるで揺り籠に体を預けてまどろむように、培養液の中を漂いながら眠っていた。  ――カイウォルの話に、特におかしなところはないように思われる。  鷹刀一族からも、〈七つの大罪〉が王の私設研究機関であると聞いている。王家の存続のために組織を作ったというのなら、これほど納得できる理由もない。  だが、『ライシェン』だ。  斑目一族の別荘にいた〈天使〉ホンシュアが、ルイフォンに向かって呼んだ名前である。偶然などではないだろう。  すべてが嘘だとは言わない。ほとんどが真実。だが、まだ隠された『何か』があるはずだ。  そして、ここまで秘密を明かしたハオリュウに、カイウォルは何を求めるつもりなのか……。 「君は……、そもそも何故、この国の王が〈神の御子〉――それも男子でなければならないのか、ご存知ですか?」 「え?」  不意の問いかけだった。  目を瞬かせるハオリュウに、カイウォルはそっと息をつく。 「創世神話にあるでしょう? 神の代理人には、神の力がある、ということです」 「……」  カイウォルは、ハオリュウが何かを知っているかと(カマ)をかけた。そして、知らぬと分かって曖昧に誤魔化した。――そんな気がした。 「そろそろ神の話ではなく、穢れた俗世の話をしましょうか。君ならきっと、私の期待に応えてくれそうです」 「殿下……?」  カイウォルの眼差しに、強引なまでの圧が生まれた。気品あふれる雅びやかさで、人を引き寄せ、惹きつける。  身を固くしたハオリュウの耳に、柔らかな声がそっと落とされる――。 「ハオリュウ君。ヤンイェンではなく、君が『女王陛下の婚約者』になりませんか?」
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