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幕間 刹那の比翼(1)
『比翼の鳥』というけれど、そんなものは存在しないの――。
従兄のヘイシャオが私の婚約者なのだと聞かされたとき、私は五つかそこらの子供だった。
「ミンウェイには、まだ分からないわよね……?」
教えてくれたユイラン義姉さんが、困ったような顔をしていたことはよく覚えている。
ユイラン義姉さんは、ヘイシャオの年の離れた姉で、私の従姉。物心つく前に母を亡くしていた私にとって、母親代わりのお姉さんだった。
「私、ヘイシャオのお嫁さんになるの?」
「……そうよ」
ユイラン義姉さんの顔が陰ったことに、幼い私は気づかなかった。
狂気にまみれた私の一族は、血族を〈贄〉として〈神〉に捧げる風習があった。
〈神〉が鷹刀の濃い血を好むため、一族は代々近親婚を繰り返す。そして、成人しても、なかなか子を為すことができなかった者から〈贄〉に選ばれる。だから、結婚は重要だった。
勿論、そのときの私は、何も知らなかったけれど――。
『お嫁さん』は、『旦那様』に尽くさなければならない。
そう思い込んでいた私は、ひたすらヘイシャオにつきまとった。私なりに、甲斐甲斐しく彼に尽くしたのだ。
破けた彼のズボンをセロハンテープで補修したり、何故か彼の部屋に大量にあった蝉の抜け殻を綺麗に片付けたり、私の手作りの泥団子を彼が食べてくれるまで涙目でじっと見つめていたり……。
…………。
……記憶の彼方にまで、追いやりたい思い出だ。
けれど、ヘイシャオのほうだって、私の背中に蜥蜴を入れたり、お気に入りの髪留めを隠したり、さんざん意地悪を返してきた。
よく彼とつるんでいたエルファン兄さんは、ちっとも助けてくれなかった。それどころか、『お前たち、仲がいいな』なんて呑気なことを言いながら、口元をくいっと上げて笑っていた。
私は、ヘイシャオが大嫌いだった。
いつも泣きながら、彼にされたことをユイラン義姉さんに訴えていた。
でも――。
あるとき、私は熱を出した。
生まれつき体の弱い私が臥せることは珍しくなかったから、その日も、いつも通り、ひとりで寝かされていた。
そこに、ヘイシャオがふらりと現れた。
「君がいないと、物足りないから」
「え……?」
「早く良くなれよ」
ぶっきらぼうにそう言って、野原で摘んだ花を置いていった。
その刹那から。
私は、ヘイシャオが大好きになった。
それがどんなに幸せなことか。ユイラン義姉さんが、ずっと年上の血族に嫁いでいったとき、私は思い知らされた。
ヘイシャオも、エルファン兄さんも気づいていなかったけれど、ユイラン義姉さんと護衛のチャオラウは相思相愛だった。
けれど、ふたりとも互いに想いを告げることはなかっただろう。
〈七つの大罪〉に逆らえば、ユイラン義姉さんは〈贄〉にされ、手を取り合って逃げようものなら、チャオラウは殺される。
鷹刀とは、そういう一族だった。
私のお父さん、イーレオは、そんな鷹刀を変えようとしていた。
そしてエルファン兄さんが、ヘイシャオが、チャオラウが……。私の周りの皆が、〈七つの大罪〉からの解放を望んでいた。
時は流れ――。
〈七つの大罪〉の詳しい情報を得るために、お父さんは十代のころから、密かに〈悪魔〉に名を連ねていたことを、私は知った。
そしてまたヘイシャオが、濃すぎる血からくる私の病を治すために〈悪魔〉となって研究を始めた。私だけでなく、一族全体のためになることだからと私を説き伏せて。
そんなふたりの〈悪魔〉は、『真実』にたどり着いていた。
けれど、『契約』に縛られて語ることはできないと言う。だから、エルファン兄さんとチャオラウが、危険を犯して『真実』の一端を手に入れてきた。
自然という『神』に対して生贄を差し出し、災害からの無事を祈願する行為は、世界中の古い伝承に残っている。鷹刀の〈贄〉の慣習も、そんな、どこにでもありそうな人身御供の文化だと信じていた。
けれど、『真実』は少し違った。
〈神〉とは、この国の王。
〈七つの大罪〉の正体は、王の私設研究機関。
そして王家にとって、鷹刀の血は特別な役割を持つものらしい。
故に、歴代の王たちは、鷹刀に〈贄〉を要求し、代わりに手厚く庇護する。
『闇の研究組織〈七つの大罪〉』が作られたのは、ごく最近のことだが、神話の時代からずっと、形を変えながら、王家と鷹刀は秘密の主従関係にあった。
この歪んだ共生のために、現代においてなお、鷹刀の総帥となった者は〈贄〉などという忌まわしい因習を継承するのだ。
鷹刀が大華王国一の凶賊であり続けるのは、国王が裏から手を回しているため。
そもそも凶賊という呼称自体が、本来は鷹刀のみに与えられた、『王国の闇を統べる一族』を示す言葉であるという。それが、いつの間にか『ならず者の集まり』の意味を持つようになったそうだ。
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