第3話 揺り籠にまどろむ螺旋(4)

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第3話 揺り籠にまどろむ螺旋(4)

「この赤子を見て、君は女王陛下を卑怯と思ったでしょう」  カイウォルは〈(ムスカ)〉に椅子を引かせて座り、ハオリュウの顔を覗き込んだ。  車椅子のハオリュウと同じ座位になったことで、カイウォルの目線が近くなった。高さが違えば、軽く目を伏せることで表情を隠せたのだが、これではそうもいかなかった。 「いえ。……私などには、重責を負われた女王陛下の辛いお気持ちは、とても理解できません。なんと申し上げたらよいのか戸惑うばかりです」  無難に言葉を濁すハオリュウに、カイウォルは緩やかに首を振る。 「そうですね。卑怯というのは適切でなかったかもしれません。ですが、少なくとも良い印象は(いだ)かれなかったでしょう」  そっと寄り添うように、カイウォルは囁く。  相手に向かって斬り込み、ねじ伏せるような鋭さではない。その逆で、相手を自分のほうへと引き寄せ、いつの間にかひれ伏させている……。  ――それが、彼の持つ特性だ。同調の言葉が心の距離を近づけ、些細な共感から絆が生まれると知っているのだ。  カイウォルの場合、正しくは『絆』ではなく、彼に向けられる『重力』だろう。彼の声を至近距離で耳にした者が、一方的に心惹かれていくのだ。『カイウォル殿下を中心に世界が回る』といわれるのも無理はないと、ハオリュウは思う。  人の心を操るのが巧い……。  ハオリュウは、カイウォルの雰囲気に呑まれぬよう、気を引き締めた。そして、父親譲りの人畜無害に見える穏やかな顔と声で「いえ。滅相もございません」と頭を下げる。  カイウォルのほうも、ハオリュウからの肯定の返事など期待していなかったのだろう。気にした素振りも見せず、ふと顔を上へと向けた。  そこにあるのは研究室の天井。しかし、彼が見ているのは、神話に謳われし神であった。 「本来なら、〈神の御子〉は天空神より授かりしもの。〈七つの大罪〉にクローン体を作らせることは、天の(ことわり)に反します。――女王陛下は、ヤンイェンとの間に〈神の御子〉をもうける努力をすべきでしょう。ふたりには、共に濃い神の血が流れているのですから……」 「……」  ハオリュウは押し黙った。  天から授かるのが正道と言いながら、作られた赤子が目の前にいるのだ。カイウォルの真意がどこにあるのか、さっぱり分からない。  カイウォルの言う通り、女王の婚約者ヤンイェンは、濃い神の血を引いている。  彼の母親が〈神の御子〉なのだ。  もと王女であり、先王の姉。もし、弟が生まれなければ、女王として立っていた人物である。  従兄のヤンイェン以上に、女王の夫にふさわしい者はいない。このふたりの間になら、必ずや〈神の御子〉が授かるだろうと、国中が期待している。  ハオリュウだって、何も初めから邪道に逃げなくともよかろうと思う。だが、カイウォルの(はら)は違うらしい。  いったいカイウォルは、どこに話を持っていくつもりなのか。  ハオリュウは身構えるが、カイウォルは変わらずに天を仰いでいる。  燦然と輝く美貌は、人の持つものとは思えぬほどに神々しい。もしも、彼の髪が白金で、瞳が青灰色であったなら、彼こそが天空神の化身といえただろう。  だが、神の色を持たぬ彼は〈神の御子〉ではなく、したがって王位継承権もない……。  やがて、カイウォルはゆっくりと視線を下げた。  その顔は、天に向かって神を口にしていたときとは、まるで別人だった。地に広がる俗世を渡る『人』の顔をしていた。 「ハオリュウ君。話は変わりますが、女王陛下には私を含め十数人もの兄や姉がいます。――それは、先王陛下が頑として〈七つの大罪〉の手を拒み続けたことを意味します。……何故だか分かりますか?」 「!?」  予想外の展開と質問に、ハオリュウは目を瞬かせる。そんなことを訊かれても困る、としか言いようがない。  しかし、相手は目上の摂政だ。無言でいるわけにもいかない。それに、自分が打てば響く人間であることをカイウォルには示しておきたかった。 「先王陛下は、天の(ことわり)を大切にされていた――ということでしょうか」  ハオリュウの答えに、カイウォルはふっと口元を緩ませる。 「なかなか巧妙な答えですね。面白くはありませんが、堅実です。完全に間違いとは言い切れませんし……。けれど――『足りない』ですね」  故人とはいえ、先王に失礼がないように配慮した、玉虫色の答えなのだから当然だ。  そんなことはカイウォルも承知しているだろう。そもそも、ハオリュウを試していたようなものなのだから。 「完璧な答えはこうです」  カイウォルは歪んだ笑みを見せた。 「先王陛下は、先々王陛下が作らせた『過去の王のクローン』だったから、です」 「っ!?」
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