第7話 万華鏡の星の巡りに(4)

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第7話 万華鏡の星の巡りに(4)

「!?」  息を呑んだのは、タオロンだった。  彼は自分の懐に飛び込んできたルイフォンを、信じられないものを見る目で見つめ、慌てて借り物の刀で応戦する。だが、そのときにはルイフォンはさっと身をかがめ、床を転がりながら下がっていた。 「リュイセン、頼む! お前が動いてくれなきゃ、俺たちは死ぬ!」 「! ルイフォン!」  刹那、リュイセンの足が床を蹴った。  彼自身は、タオロンと戦うことにまだ納得していない。けれど直感が、弟分の指示に従えと命じた。  神速の煌めきが、タオロンを襲う。  タオロンもまた、愛用の大刀より遥かに軽い刀をしならせ、高速で迎え討つ。  ――!  火花が散った。  双子の刀が切なげな悲鳴を上げる。味方であるはずの相方を傷つけたくないのだと、嘆きの声を響かせる。  しかし、所持者たちは流れを止めることなく、続けて一合、二合と斬り結ぶ。少しでも遅れれば斬られると、彼らの肉体は互いに知っているのだ。  ルイフォンは、激しく剣戟を交わすふたりの向こう側の〈(ムスカ)〉を盗み見た。奴は満足げに口の端を上げていた。そのことに、ひとまずほっとする。  タオロンは正義馬鹿だが、愛娘のためになら、いくらでも非情になれる。  おそらくは、今までに何度も、意に沿わぬ殺生を行ってきたはずだ。親しみのある粗野な口調に童顔が相まって、明るく気のいい若造に見られがちだが、本当は辛酸を()めながら、たった独りでファンルゥを守り育ててきたのだ。  だから、タオロンは割り切ることができる。  けれど、リュイセンには無理だ。  ファンルゥに対して子供は苦手だと尻込みしたのに、彼女の気持ちを汲んでやり、存在しない病弱な『あの子』に届けるからと、絵まで預かってやっていた。  縁のない他人には冷たいくせに、一度、認めると途端に情に厚くなる。そんなリュイセンが、ファンルゥを切り捨てられるわけがない。  けれど。  それは、ルイフォンだって同じだ。  タオロンのことも、ファンルゥのことも、諦める気はない。  だからこそ、〈(ムスカ)〉に悟られてはならないのだ。 『ルイフォンとリュイセンにとっても、ファンルゥは人質となり得る』ことを――。  激しい斬撃の応酬は、苛烈さを増していく。  リュイセンが旋風を巻き起こし、タオロンへと襲いかかる。無駄のない軌道は、芸術的なまでに美しく。そして鋭く、大気を斬り裂く。  神速の一撃を、しかしタオロンは正面から、しかと捕らえた。  慣れない刀に、愛用の大刀ほどの強度を期待してはいけない、との思いからだろうか。彼は力ずくでは押し返さない。すぐに横に流しつつ、体幹の安定の良さを活かし、間髪を()れずに踏み込む。  鍛え上げられたタオロンの太い腕が、更に膨れ上がったかのように見えた。  鈍いうなりを上げ、タオロンの猛撃がリュイセンへと叩きつけられる。細身の刀身が、勢いに呑まれたかのようにたわんだ。  けれどリュイセンは、タオロンの豪腕から繰り広げられる圧倒的な力を、そのまま受け止めるような愚は犯さない。猪突猛進の剛力を受け流すべく、わずかに構えの角度をずらす。  光が弾けた。  輝きを伸ばしながら滑っていく刀に、タオロンは息を呑む。  もしも、手にしているのが彼の愛刀であれば、力のままに押し斬ることができただろう。けれど、いつもよりも軽い一刀は払いのけられ、タオロンの上体が、ほんの一瞬、均衡を崩す。  リュイセンにとって、またとない好機。  しかし、彼の次の手は、お世辞にも神速とはいえなかった。本来、二の太刀を繰り出すはずの双刀の片割れが、タオロンの手にあるからだ。  勝手が違うがための惑いのうちに、タオロンは体勢を整えている。  ルイフォンの見たところ、両者の実力は互角だった。  以前、勝負したときにはリュイセンが勝ちを収めたが、あのときはタオロンが負傷していた。リュイセン本人も、運が良かっただけであると、いつか改めてタオロンと戦ってみたいと、微笑みながら言っていた。タオロンだって、リュイセンを好敵手と認めていたような節がある。  そんな両雄が、再び相まみえた夢の舞台――。  けれど、ふたり共、こんな形では叶えたくなかっただろう。  双子の刀が悲痛の声を上げるたびに、きらり、きらりと銀光が飛び散り、部屋を彩る鏡によって輝きが乱反射する。時々刻々と形を変えていく光の紋様は、まるで万華鏡を覗いているかのよう……。  ルイフォンは、ふたりの後ろへと視線を移した。そこに、憮然とした顔の〈(ムスカ)〉がいる。思ったよりもタオロンが苦戦している、ということなのだろう。  ルイフォンは、すっと息を吸い、腹に力を入れた。 「〈(ムスカ)〉」  よく通るテノールを響かせると、〈(ムスカ)〉の眉が上がる。 「お前の相手は、俺がしてやるよ」  そう言って、ルイフォンは好戦的に嗤う。対して〈(ムスカ)〉は、面白い冗談を聞いた、とばかりに鼻を鳴らした。
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