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第2話 権謀の館(2)
ルイフォンとリュイセンは、速やかに車を降りた。
不用意に車のロックを解除して、セキュリティアラームを鳴らしてしまう、などというヘマはしない。そんなものは事前に対策済みだ。
ルイフォンがスペアキーで再び車を施錠している間に、リュイセンは車庫と館内部を隔てる扉に耳を当て、向こうの廊下の気配を探る。
〈蝿〉捕獲作戦の実行に移るまでの間は、〈蝿〉の居室にほど近い倉庫で待機する手はずだ。
私兵たちが煩わしいのか、〈蝿〉は、ひとり離れた部屋を使っていた。あるいは、単に偉ぶりたかっただけかもしれない。何しろその部屋は、この館のかつての主である国王が使っていた部屋なのだから。
〈蝿〉は、寝るためだけにその部屋を使い、日中は監視カメラのない場所に消える。初めは何故、姿が見えなくなるのかと疑問だったが、入手した見取り図と監視カメラから得られる情報を照合して納得した。
どうやら、〈蝿〉がこの館に移り住むにあたり、増築された部屋が――研究室が、地下にあるらしいのだ。あとから作られた場所であるために、監視カメラが設置されていないのだろう。存在しないはずの階段を降りていく白衣姿の〈蝿〉がカメラに映ったので、おそらく間違いない。
ともかく、昼間は私兵も〈蝿〉も館の中心部にいるのだが、夜になれば私兵は館の隅にある使用人の部屋に入り、〈蝿〉は王の部屋で眠る。
近衛隊に守られた庭園内であるためか、〈蝿〉には護衛をつけるという発想はないらしい。夜中は、完全にひとりきりだ。ルイフォンたちにとっては、非常に都合の良い状態になる。
だから、〈蝿〉の居室の近くの倉庫に潜み、夜を――好機の訪れを待つ。
しかし、その前に――。
「まずは、ハオリュウだな」
ルイフォンが呟いたとき、リュイセンが手招きをしてきた。
「ルイフォン、大丈夫だ。このあたりに人はいない」
想像していた通り、館内は恐ろしく閑散としているようだ。
療養用の小ぢんまりとした館とはいえ、もと国王が使っていたほどの建物に、一個人の〈蝿〉が匿われているのだから当然といえよう。今日は摂政たち一行もいるわけだが、車庫のあるこの区画は、会食を開くようなきらびやかな空間とは離れている。
「よし、行くぞ!」
ふたりは意気揚々と車庫を出て、そのまま待機場所の倉庫に……は、行かなかった。彼らが向かったのは、車庫の近くの空き部屋だ。
最終的な目的地は倉庫だが、館の端にある車庫からは遠いのだ。
それで、とりあえず近場の安全な場所に落ち着き、まずはカメラでハオリュウの現状を確認する。摂政カイウォルは、明らかに胡散臭い。メイシアに限らず、ルイフォンだって心配なのだ。
それに、この寄り道は無駄でもない。倉庫までの長い移動中、誰かに遭遇しないとも限らない。〈蝿〉の私兵たちは、摂政がいる間は部屋にいるように言い渡されているらしいので無視できるが、館中のカメラをチェックして、摂政側の動きを把握しておくことは重要だ。
ルイフォンは空き部屋の前に立つと、懐から一枚のカードを出した。偽造カードキー――それも、すべての扉を開けられる特別仕様である。
この館の部屋という部屋は、すべて電子式の鍵が使われていた。すなわち、ルイフォンの前には、扉など存在しないも同然。さっと解錠して、中へと入る。
「場合によったら、ハオリュウを援護してやらないとな」
猫のような目を細め、ルイフォンはにやりと不敵に笑う。
「おいおい、何を企んでいるんだ?」
ルイフォンに続いて空き部屋に入ってきたリュイセンが、軽く突っ込む。
「ユイランに頼んで、ハオリュウの服のボタンに、マイクとカメラを仕込ませてもらった。他にもいろいろ小細工したし、監視カメラで追えない場所に行っても、あいつを見守れる。ついでに、この館の見取り図も完璧なものになる」
「ハオリュウは動く情報端末かよ」
「そんなところだ。――万が一、あいつに危険が迫ったら、この館を停電させる。それから、配線をいじれば小火くらい起こせるはずだ。お前は非常ベルを押してくれ。混乱に乗じて助けに行く」
「まったく、お前は頼もしい義兄貴だな」
リュイセンがそう言って苦笑すると、ルイフォンは、ほんの少しだけ真顔になって、やがて喉でも鳴らしそうなほどにご機嫌な顔になった。ハオリュウが『義兄』と言おうとしてくれたことを思い出したのだ。
「ああ、可愛い義弟だからな」
ルイフォンは、にやけながら埃まみれの床に座り込み、携帯端末を操作してハオリュウに仕掛けたカメラの映像を出す。
その瞬間、ルイフォンは息を呑み、目を見開いた。
ルイフォンの異変を不審に思ったリュイセンも端末を覗き込み、声を失う。
ハオリュウの目の前に、〈蝿〉がいた……。
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