第一章 あの町、この町

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お母さんは山小屋でたくさん絵をかいた。たくさんたくさん絵をかいて、紙の袋に入れたそれをどこかへ送っていた。それがお母さんのお仕事だったの。 いつも茶色の袋に入れられた紙には、お洋服の絵がきれいにかかれている。送られた茶色の袋は白の袋に変わってもどってきた。中のお洋服はお直しがされている。お母さんはそこをていねいになぞって、もう一回茶色の袋に入れるの。 わたしはそんなお母さんを暖炉の前にあるテーブルの上でかいていた。お絵かきするのはいつもそのテーブルの上だった。そこからならお母さんがすぐに見えたから。 お父さんはね、お部屋でペンを動かしてる時が多いよ。一人の方がお話に入れてもらえるんだって。そんな時、わたしは暖炉の前に座ってお写真が詰まった本を見ているの。 お花とか動物、お山とか川とか。お外のお写真がわたしは好きなんだ。それを絵でかくのも好き。 絵本も読めないから、お父さんかお母さんに読んでもらうんだけどね、それは夜だけだよって決めてるの。 お月さまとお星さまが輝いてる時間は絵本の時間。お日さまが輝いてる時間はお父さんとお母さんとお話しましょう。そういう約束なんだ。 わたしは約束を守った。夜は本と、昼は人とおしゃべりする。 大切な約束だよ。だってね、夜に返事がほしくて誰かに声をかけると、人じゃない時があるんだって。人じゃなかった時、声をかけたわたしはどうなっちゃうのかな。どこかに連れていかれて食べられちゃう。お父さんはそう教えてくれた。 わたしはあのヘビさんを思い出した。 きっと次にあのヘビさんがきたら、わたしを真っ暗な穴の中に連れていってしまう。 だから、わたしは約束を守った。 わたしが安心するのは、お父さんが外で薪を割っているとき。外からカーン、カーンって音がするの。途中でそれが止まって、また始まる。カーン、カーン、休んで、カーン。 木を割る音だよ。わたしたちの暖炉の中で燃えるための木を割る音。その音を聞いてるとね、お父さんがいるんだなって思うんだ。 お父さんが斧で薪を割ってる間、わたしは守られてるって思えたの。だから次はわたしがお母さんを守らなきゃいけないって思って、入り口からもお母さんの所からも近い暖炉の前で遊んだ。そうすれば一番奥のお母さんを守れるねって、わたしはお父さんに言ったよ。 お父さんはね、守らなきゃいけないって思う何かがこなければいいって言うの。来てほしくないのはわたしがイヤだと思ってるから。キライだからきてほしくないの。 ヘビさんのお口がキライ。あの目も、チロチロ出てる舌も、よく聴こえない声も、中にある歯も。わたしはキライ。 キライなものがやってくるからこわいって思うんだ。キライなものから好きなものを、だいじなものを隠すことが守るってこと。 ヘビさんからわたしは離れたかった。遠くに、遠くに逃げて、ヘビさんのやってこれない所でお母さんとお父さんと笑っていたかった。 ヘビさんはキライ。わたしから、全部をうばって呑み込んじゃうから。 わたしはヘビを見たことがなかった。 お山にも前にいた町にもいなかった。 じゃあ夢に出てきたあのヘビさんは誰だったのかな。写真でしか見たことがないヘビは出てくるのかな。 あれは、ヘビさんはヘビじゃなかったと気づいたのは、本物のヘビを見た時だった。 わたしはヘビがキライじゃなかった。でも、ヘビさんはキライだった。 ヘビさんは誰だったんだろう。
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