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鴨川
令和五年(二〇二三)夏───。
「だって、人生一度きりなんですから。やりたいことは何でもやらないと。」
テレビの中でそう話す、ある大きな会社の経営者だという男性を見つめながら、少女は大きく溜息を吐いた。
「成功者だからじゃん。」
ソファに寝そべったままリモコンを手に取ると、テレビの電源を消す。
「ねぇ、お母さん。人生って何なんだろうね。」
「なぁに、突然。十八歳のあなたが言うにはまだ早いんじゃない。」
「だって、いくら頑張ってもなりたい職業に就ける人なんてほんの一握りだし。お金だって皆平等に持っているわけじゃない。結局、人間なんて生まれながらに不平等だよね。」
キッチンに立ち、洗った食器を拭いていた母親は、少し考える素振りを見せると、
「不平等っていうのは私もそうだとは思うけど…でも、それを理由に努力しなければ、得るものはひとつも無いっていうことは確かだと思う。」
少女の目を真っ直ぐに見てそう答えた。
「めんどくさ…」
「凪」
自室に戻ろうとした少女を、母親が呼び止める。
「ちゃんと受験勉強してるの?」
「…してると思うよ。でも、何で勉強してるのかが分からない。」
「どういう意味?」
「だって、自分が本当は何をしたいのかも分からないのに。」
それだけ言うと、凪は母親の返事を聞くことなく急ぎ足で二階の自室へと向かった。
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