鴨川

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家を出て少し歩くと、鴨川がある。夏の夜の鴨川はとても賑やかで、川のほとりにある沢山の飲食店には、納涼床と呼ばれる夏限定の店外席が設けられる。そこで客は涼みながら食事をするのだ。 「全然、涼しくないし。」 それらを見つめながら、凪は苦笑いを浮かべてポツリと呟くと、河川敷に座り込んだ。明日は休日だからか、周りには数組のカップルや家族が座っている。子供たちのはしゃぎ声がやけに虚しく感じられた。 「戻りたいな…」 自分も幼い時は、あんな輝くような顔をして笑っていたのだろうか。溜息をつきながら膝を抱え、額をそこにぴたりとつけると目を閉じた。川の流れる音、人の声、車の音、虫の声、風の音。普段感じることの少ない音でさえも、そうしているとはっきりと聞こえてくる。凪はそのままの姿勢でもう一度深呼吸する。すると次の瞬間、不思議なことが起こった。一瞬、周りの音が無くなったのだ。驚いて顔を上げる。 「…え?」 先ほどとは違い、今度は音は続いていた。しかし、その音も景色も、それまでとは少し違ったものだった。対岸には高い建物はひとつもなくなり、川の浅瀬には床机が並んでいる。行燈の光に浮かぶ大勢の人々は皆、着物を着ていた。川の流れる音と虫の声が、先ほどよりもやけに大きく感じられる。 「鈴?」 リンリンとそれまでに無かった音までが聞こえてきて、これが何の音なのか、凪には分からなかった。
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