鴨川

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「随分、足が速いですね。その妙なお召し物のおかげかな。」 そう言いながら、軽々と凪を立ち上がらせた青年。息があがり、涙でぐちゃぐちゃになった彼女の顔とは正反対に、青年は美しかった。 「でも、良かったです。」 「…良かった?」 「先に見つけたのが、土方さんではなくて。」 その物言いに、もし自分を見つけたのがもうひとりの男であったのならば、死が待っていたのかもしれないと凪はゾッとする。 「今度は、ついて来てくれますよね?」 顔を覗き込まれると、青年はニコリと笑った。凪が黙って顔を俯かせていると、 「ちょいと、あんた。人攫いと違うやろうな。」 先ほどの女性が腕組みをして家から出て来る。 「違いますよ。」 「そやけど、どう見ても知り合いには見えへんけどな。」 「私は、新選組の者です。」 相変わらずニコニコしている青年とは対照的に、その名を聞いた女性の顔は一気に青ざめた。そして、なぜか逃げるように家の中へと入って行った。凪も、驚いて青年の顔を見つめる。 「新選組…」 その声に、 「はい。私は新選組の沖田総司です。」 青年はこれまでで一番の笑顔を作ったかと思うと、はっきりとそう告げたのだった。
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