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タイムスリップした。ここには自分の帰る家どころか、ひとりの知り合いもいない。「新選組」という大きな表札を見た瞬間、なぜか凪はそう強く思った。
立派な門をくぐり、暗い屋敷の中に入ると、姿こそ見えないが、沢山の人間の気配を感じる。男たちの笑い声やふざけ合う声。それに時々怒声が混じる。
「お疲れ様でした。どうぞ、中へ。」
土方から手首を離されると、沖田に促されるまま屋敷の奥へと足を進める。襖の開いた部屋の前を通り過ぎる度に、「誰だ?」「おかしなおなごが来たぞ」と男たちが騒いでいた。
ある部屋の前に着くと、沖田が部屋の中に向かって声をかける。
「近藤さん、沖田です。よろしいでしょうか?」
その名に、凪の表情が強張る。この先にいるのは近藤勇。未来の人間ならば誰しもが知る新選組局長が、まさに今、彼女の前に現れようとしているのだ。
音も無く襖が開かれると、その先では近藤が入口に背を向け、文机に座っていた。何かを書いているのか、部屋の中には仄かな墨の匂いが漂う。その大きな威厳のある背中に、凪は恐怖を覚えた。
「山崎さん、ありがとうございます。」
凪は気が付かなかったが、襖の前に控える目つきの鋭い男に沖田が会釈をする。どうやら彼がこの襖を開けたらしい。山崎は言葉こそ何も発しなかったが、眉間に皺を寄せ、凪を見つめていた。
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