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第30話 飛雨の国の『涙姫』
レノーの身体を支えながら、私はプリュイ王国へ向かって必死に歩く。
(あともう少し! 早く辿り着いて……お願い……)
橋のたもとまであと数メートル。
プリュイ王国の街並みもはっきりと見えている。
それだけを心の支えにしながら、私は出せるだけの力を振り絞って前に進もうとした。
その時。
「ぐうっ……」
痛みに耐え、足を引きずりながら歩いていたレノーがその場に膝をついた。
「レノー! どうしたの? しっかりして!」
「はぁ……はぁ……ララ、聞いてくれ……」
レノーは苦しそうに息を吐くと、私の手を強く握った。
「俺はもうダメみたいだ……もう歩けない。初めから俺だけ捕まればよかったのに……君を巻き込んでしまってすまない……」
「何言ってるの? 一緒に逃げようって約束したじゃない! プリュイ王国は目の前なのよ。もう少しじゃない!」
「はは……君は本当に強いな……。君と出会えて……良かっ……た……」
レノーがそう言い終わると、繋いでいた手が私からゆっくり離れていく。
そしてレノーは、そのままその場に倒れるように横たわった。
「レノー? どうしたの? ねえ! 起きてレノー! いや! お願い、目を開けて!」
私は、何度も何度もレノーの身体を揺さぶるがレノーはその場に横になっているままだった。
「どうして? どうしてレノーがこんな目に遭わなくてはいけないの? どうして……」
倒れているレノーを見つめる私の瞳に、みるみる涙が溢れ出す。
そしてそれは、ポツポツとレノーの身体の上に落ちていった。
私は、耐えきれず嗚咽を漏らしてレノーの名前を叫んだ。
「ううっ……ぐすっ……うううっ……レノー!!!」
私が泣きながらレノーの名前を叫び、倒れている身体にしがみついたその時だった。
ゴゴゴゴ……
それまで雲一つない星空だった空が、みるみるうちに黒雲に覆われ、辺りに雷鳴が響き渡った。
レノーと私を追って来ていた警備隊は、突然の天気の変わりように慌てふためく。
「何だこれは。天気が急に悪くなったぞ!」
そして、次の瞬間。
ザーーーーー
土砂降りの激しい雨が、トネール王国とプリュイ王国に降り注いだ。
あと少しでレノーと私の元に追いつきそうだった警備隊は、激しい雨に打たれながら仕方なく撤退を始める。
「くそっ! なぜ急に雨が! 撤退だ!」
次々にトネール王国側に去っていく警備隊が橋の上からいなくなると、激しい雨音だけしか聞こえなくなる。
私は、そんな雨の中をまだレノーの身体に顔を押し付け泣いていた。
「レノー……ううっ……レノー……」
すると、雨音に紛れて何かが聞こえる。
「ラ、ラ……」
泣き続ける私に気付かせるように、その声はもう一度私を呼んだ。
「ララ……」
(!!!!)
私が驚いてレノーの身体から顔を上げると、そこには目を開けて微笑むレノーがいた。
「レノー! 目が覚めたのね! 良かった……本当に良かった……」
私がレノーを見下ろすと、レノーはゆっくりと起き上がり私を抱きしめた。
「撃たれたショックと痛みで気を失っていた……心配を掛けてすまない」
「ううん、レノーが生きててくれたならそれでいいの」
安心した私は、再び泣き出しそうになってレノーの胸に顔をうずめた。
そんな私に、レノーは少しためらいながら言葉を続けた。
「君が……」
「え?」
「君が、ラルム姫だったんだな……」
(!!!!)
私は、慌てて顔を上げてレノーを見上げた。
知られてしまった。
今までレノーを騙していた自分を思い出し、どうしていいかわからなくなる。
レノーは、騙していた私を怒っているだろうか。
私はパニックになり、震えながら言い訳を始めた。
「今まで黙っていてごめんなさい! 私、実はお城から勝手に出てきてしまって……でも、お城に連れ戻されるのが嫌で、それで……」
そこまで言うと、レノーは私の顎を掴んで上を向かせ自分の唇で私の唇をふさいだ。
「んっ……ん……はぁ……」
観覧車で交わしたキスとは違い、レノーはもっと私を求めるようにキスを深めた。
何度も何度も繰り返されるキスに息が出来なくなりそうになる。
「はぁ……も、もう……私……」
私が、そう言ってレノーの胸を押すとレノーはやっと私を解放して私を強く抱きしめた。
「ちょっと強引だったな、ごめん。でも、震えてる君を見たらたまらなくなって。でも、震えは止まったみたいで良かった」
「私、レノーを騙していたのにこんなこと……」
私がレノーに抱きしめられながらそうつぶやくと、レノーは急に自嘲気味に笑った。
「はは……実は俺も君を……ずっと騙していた」
「え? どういうこと?」
「実は、俺は『サーブル王国』の王子なんだ」
「ええ!!!」
私は、レノーから身体を離してレノーの顔を見た。
そして、しばらくの間何とも言えない気持ちでお互いを見つめ合った。
(レノーが本物の王子様だったなんて!)
乙女ゲームのような展開にドキドキしてしまう。
そんな時、プリュイ王国側の橋のたもと辺りに人が大勢集まり始め、誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「……さーまー! ラ……さまー!」
聞き覚えがある声がして、私はレノーと一緒にその場に立ち上がったのだった。
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