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第1話 飛雨の国の姫
その日私は、城の敷地内をただ散歩しているだけだった。
ただの散歩である。
しかし、城の使用人たちは私を取り囲むようにピタリと張り付き、周囲を警戒していた。
前方に気を配る者、後方に気を配る者、さらには上空や地面に気を配る者もいる。
「ラルム様に何かあってはいけません。絶対に見逃さないように! ラルム様を泣かせるようなことがあってはいけませんよ」
執事のポールが、先頭を歩きながら使用人一人一人に向かって声を張り上げた。
幼い私は、居心地の悪さに次第に不機嫌になっていく。
「ラルム、一人で歩きたいー! みんなどいてよー!!!」
身体が大きな使用人の隙間から逃げようとするが、全力でそれを阻止される。
「いけません、ラルム様。ラルム様に何かあれば私たちが叱られるのです」
「いやぁ! ぐすっ、う、ううう……」
私がべそをかきだすと、周りの使用人たちが一斉に私を見る。
「いけません、ラルム様! 泣いてはダメです!」
私を泣かさないようにと、使用人たちがパニックになる。
その様子を見て、さらに不安になった私はとうとう泣き始めた。
「えーん! えーん!」
ザーーーーッ
私が泣き出すと、けたたましい音と共に大粒の雨が降り出した。
「いけない! ラルム様こちらへ!」
ポールが慌てて私に近づき、私をひょいと抱き上げると、城に向かって走り出す。
ポールの肩越しに私が泣きながら見た光景が、幼いながらも異様な光景としていつまでも私の心に焼きついていた……。
☆
ラルム・ベル 23歳。
プリュイ王国の第一王女である。
通称『飛雨(ひう)の国』と呼ばれるプリュイ王国の王家では、百年に一度の割合で特別な力を持つ子供が生まれていた。
その特別な力とは、力を持つ本人が涙を流すと空から大雨が降り注ぐというものである。
何の因果か、その力を受け継いでしまったのが私だった。
「うーん!」
眠りから覚めた私は、ベッドから起き上がり伸びをした。
(またあの夢……)
幼い頃のあの日の夢はもう何回見ただろう。
思い出したくない記憶を振り払うように、私は思い切り頭を横に振った。
「私はもうあの頃とは違うのよ。もう絶対涙なんて流さないんだから!」
幼いながらも事の重大さを感じたのか、私は次第に泣かない子供になっていった。
周りの過剰な私への接し方も、私が泣くのをやめた理由だ。
普段は、常にポールや他の使用人が私の行動を監視しており、学校にも通うことが出来ず、城に家庭教師を招いて勉強をする毎日である。
現在、唯一の息抜きは、城の敷地内の散歩とメイドのクレアからもらった乙女ゲームだ。
クレアは、昨年からこの城に来たメイドで、私と同じ歳であることから私付きのメイドとなり、今ではすっかり友達のような存在である。
「ラルム様、毎日お部屋にいなければいけないなんてお辛いですよね。今日は私のおすすめの物をお持ちしました」
ある日、朝食を運んできたクレアが私にそう言ってある物を差し出した。
「クレアのおすすめ? 何よこれ」
あまり興味を示さない私に、クレアはうふふ、と含んだ笑いをして答えた。
「これは乙女ゲームという物なんですよ」
そう言って、クレアはテキパキとゲーム機を操作していく。
最近、隣国から変わったものが入ってくるという話は聞いていたが、このゲーム機もそうなのだろうか。
私がそんなことを考えていると、スタート画面になった乙女ゲームをクレアが私のほうに差し出した。
「ラルム様、この中から攻略キャラを選んでください」
「攻略キャラ? ここに出ている男性たちのこと?」
「はい、そうです。ラルム様が一番お好みの男性を選んでくださいね」
クレアは、私がどのキャラを選ぶのか楽しみでソワソワしているようだ。
「ええ……この中から選ぶわけ? うーん」
私は、キャラの説明を一人ずつ読みながら攻略キャラを選んでいった。
すると、一人のキャラが目に留まった。
その男性は何処かの国の王子様で、自国の窮地を救うために旅をしているというキャラだった。
「この人が気になるわ」
私がクレアにそのキャラを教えると、クレアは思いっきり首を縦に振った。
「さすがです、ラルム様! このキャラはすごく人気があるんですよ。黒髪、クールな眼差しのイケメンですもん」
「そうなの? ふーん」
私は、興奮気味に話すクレアの言葉を軽く流しながら、画面の中で爽やかに笑っている王子様をもう一度見つめたのだった__。
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