第一話 初出勤

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第一話 初出勤

「キャ〜!誰か!その人捕まえて! 痴漢よ!」 グレーのスーツを着た中年の男が、電車の扉から勢いよく飛び出して、僕の目の前を走って行った。 僕は怖くて何も出来ず、ただその男を見ている事しか出来なかった。 (どうしよう…。痴漢か…このままでは逃げられてしまう…。 今、追いかければ捕まえられるかもしれない… でも…怖い人だったら…どうしよう…。) そんな事を考えているうちに、男はどんどんと逃げて行く。 考えたあげく僕は、勇気を振り絞って立ち向かう事を選んだ。 その男は、階段を登ろうとしていた。 その時だった。 僕の後ろからもの凄い勢いで走って来る男性がいた。その人は逃げている中年の男の腕をいきなり掴んで、背負い投げをして、馬乗りになり捕まえたのだ。 僕はその姿を見て、感動してしまった。 僕なんて怖くてただ見ている事しか出来なかったのに、その男性は危険を顧みず、勇敢に立ち向かって行った。まるで伝説の勇者のように かっこいい姿だった。 その場に居合わせた人達が拍手をしていた。 彼はまさにヒーローだった。 素敵過ぎて、僕はその男性に見惚れていた。 その男性が取り押さえた中年の男は観念したのか、大人しくしている。 すると、駅員さん達が何人か走って来た。 「お客様お怪我はございませんか? ご協力感謝いたします。 誠に有難う御座います。」 「捕まえられたのはたまたまですよ。 じゃあ、僕はこれで…。」 「あっ、お客様、お待ちください。 詳しい状況をお伺いしたいので、 一緒に来ていただけますか?」 「あっ、はい…。 わかりました。」 僕はその様子をずっと見ていた。 勇敢な男性のお陰で、無事犯人は捕まった。 痴漢をするなんて、本当にろくでもない人がいるんだなあと僕は嫌気がさした。 (あの人…カッコ良かったな…。 あんな人に僕もなりたいな…。) 僕は、腕時計を見てハッとした。 「ヤバい!もうこんな時間かよ。 初出勤なのに遅刻だ!」 僕は、階段を駆け上がり、駅の改札をぬけて、 会社へと急いだ。
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