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5 ここにきた理由
庭の先にあるのは、石と漆喰でできた三階建ての大きな舘だった。屋根の上から小さな塔が出ていて、一階は回廊にぐるりと囲まれている。デザインはヨーロッパなどにある修道院に似ていた。
僕は神殿長に抱えられたまま一階の小部屋に入った。そこで床におろされると、しばらくしてアニさんが服を手にやってくる。
「濡れた服を脱いでください。乾かして、神殿に奉納いたしますので」
「わかりました」
「こちらで着がえてください」
衝立を示されたので、その奥に入った。
下着まで濡れていたので全部脱いで裸になり、まず短パン型の下着をはいて麻紐でしばり、その上にくるぶし丈のズボンをはいて同様にした。上は長袖Tシャツっぽい薄手の下着を着て、続いてチェニックを頭からかぶった。そして革紐で腰をゆるくしばる。仕あげに革サンダル。それで皆と同じ恰好になった。
「終わりました」
衝立から出ると、着がえた僕の姿を神殿長はマジマジと眺めてきた。
「上手に着がえられたな」
まるで子供に対するような言い方をする。
「じゃあ、いくか」
そしてまだ僕を抱っこしようとした。
「い、いえ、もう、歩けますから」
「なんだ。遠慮するな。抱いてやる」
「えっ」
抱いてやるなどと簡単に口にしないで欲しい。恋愛ごとに不慣れだから、そんな些細な台詞にも敏感に反応してしまう。
「いや、結構です。歩けますから。ほら、ほら」
僕はその場で足踏みを何回かした。体育の授業でやらされた腿あげみたいなやつだ。いきなり機械みたいに動き出した僕に、神殿長がちょっと呆気に取られる。挙動が不審になってしまうのは陰キャだから仕方がない。
「まあ、……動けるようになったのならいいが」
「はい大丈夫です」
僕は濡れた服をアニさんに手渡して言った。
「あの、下着とかもあるんですが、渡しちゃってもいいんですか」
「いいですよ。洗濯するのは召使いですから」
「あ、そうですか」
なるほど、ここには下働きもいるようだ。
アニさんは濡れた制服を籠に入れて、部屋の外に出した。
そして僕ら三人は長い回廊を進んで、その先にある両開きの扉をくぐった。
中は広い食堂だった。体育館のような場所に、整然と長テーブルとベンチが並んでいる。壁に取りつけられた細長い窓には、あまり質のよくないガラスがはまっていた。青みのあるガラスは表面が波打っている。多分ガラス製作の技術がさほど高くないのだろう。
見渡せば、テーブルに置いてあるのは燭台だけで天井には電灯もない。つまりこの世界にはまだ電気がないのだ。
僕はファンタジー系のゲームや漫画、小説が好きだ。だからそこから得た知識と、学校の授業で習った歴史と照らしあわせて、ここがだいたい十三世紀前後のヨーロッパと同じ程度の文化だと判断した。
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