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7 夜は怖い
食事がすむと、僕は燭台をひとつもらって部屋に戻った。
「ではゆっくり休んでください」
アニさんに見送られてドアをしめる。
近くにあった机の上に燭台をおいて、僕は窓のそばによった。あけ放たれた鎧戸の向こうには、暗い庭が広がっていた。
ひとりきりになると、急になぜか淋しいような気持ちがやってくる。
飾り気のない殺風景な部屋のせいだろうか。窓から見える外の景色はもう真っ暗だ。
ガラスと網戸のない窓は何となく不用心な気がしてしまい、扉をしめようと窓枠に手をかける。
そのときふと、空を見あげて驚いた。
「……え?」
窓から身を乗り出して目を瞬かせる。
夜空にあるのは、大小ふたつの月だった。
「まさか」
見間違いかと目をこらしたが、確かにふたつ並んで浮いている。
「そんな、じゃあ……」
ここはいったい。
この世界は地球ではないのか。どこか知らない星なのか。それとも、原始に僕らの世界とは違った変化をとげた地球なのだろうか。
「…………」
わからないけれど、とにかく僕の知識を越えた場所であることは確かだった。
本当に、今までとは全然違うところに飛ばされてきたんだなあという驚きが湧いてくる。
すると、日本に対するホームシックのような感情も一緒に生まれてきた。そんなに好きだった場所ではなかったのに。
僕の両親は幼いころに事故で亡くなり、その後は祖父母に育てられた。祖父母が亡くなると、今度は叔父の家に預けられたが、そこでは思いきり邪魔者扱いされた。
当時のことは、つらい記憶しかない。叔父は貧乏ではなかったけれど、僕はご飯もろくにもらえなかった。高校は、公立は授業料がタダという地域だったから行かせてもらえたが、お金がなかったのでいつも薄汚れた恰好をしていた。鞄も文房具も拾ったものを使い、制服や体操着はお下がりを安く譲ってもらっていた。アルバイトはしていたけれど、半分以上は叔父さんに食費として取られていた。
アルバイトの合間に参加していた文芸部。そこで知り合ったのがひとつ上の桃谷先輩だった。友達もできなくて、いつも図書館の本を借りて読んでいた僕に、優しく話しかけてきてくれたのが彼だった。そして漫画やゲーム機を貸してくれた。
本当に、先輩だけが心のよりどころだった。先輩とすごす時間が心の支えでオアシスだった。
だから先輩が卒業間近で不意に消えたとき、僕は絶望の淵に立たされた。
桃谷先輩がいない。桃谷先輩がいない。
どこにいったのかもわからない。
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