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「まったくこののろまめが」
一言悪態をついてから、自分の席に着く。僕は対面に席を設けられたのでそこに腰かけた。
ジッドさんはワインをついで、すぐに厨房に引きさがった。なのでふたりきりの食卓となる。
老召喚師はワインを一口飲んで、ナイフを手に取った。肉を切って口の前まで持っていくと、それをジッと見つめる。しばらく肉片を睨んでいたが、眉をさげるとあきらめ顔で皿に戻した。野菜も同じようにするが、やはり手はつけずに戻してしまう。ワインばかりをガブガブ飲み、合間にパンを少しちぎって口に入れた。モゴモゴしているところをみると、どうやらこの人は歯がないらしい。だから食べられないのだ。
僕は肉と野菜を食べてみた。味つけはシンプルでワイルドだが美味しかった。素材自体が優秀だからだろう。パンも硬いが噛みしめれば良い香りがする。
老人は果物の盛られた籠に手を伸ばし、ひとつずつもんでみて、一番やわらかそうなものを確認してから掴み取った。かぶりつくが皮が破れず、果実をひと睨みして食卓に放り出す。
結局腹に入れたのはワインと少量のパンのみ。こんなんで腹が膨れるのかと疑問を覚えたが、本人は平気な顔で「ジッド!」と叫んだ。
「はいご主人様」
「もういい。書斎に戻せ」
「はいご主人様」
ジッドさんが車椅子を押して、召喚師を食堂から連れ出していく。
残された僕は、ひとりで満腹になるまで食事をした。
その後はジッドさんの片付けを手伝ってから、自室の掃除もする。夜も更けてあたりは暗くなっていた。怖がりの僕はつとめて騒々しくドタバタと部屋をきれいにして回った。
「ふう、何とかこれで眠れるかな」
一区切りしたころ、廊下の先からまた怒鳴り声が聞こえてきた。
「早く支度をせんか! こののろまが!」
またジッドさんが怒られているようだ。
「ええもういいわ! 風呂はいい! もう寝る!」
僕はコッソリ廊下に顔を出した。ふたつ向こうのドアがあいている。どうやらそこがエビザ召喚師の寝室らしい。
「支えだけでいいと言っておるだろう! 馬鹿にするな!」
怒鳴り声はずっと続いていた。
こりゃひどい雇用主だと、ジッドさんに同情する。
やがて大声が途絶えたころ、今度は地響きのようないびきが聞こえてきた。
「…………」
まああれだけワインを飲んだのならそうなるだろうなあと思いつつ、あの音で幽霊も退散するんじゃないかとありがたさも覚えた。誰かがいる気配というのは、いびきであっても安心できる。
「しかし眠れんな」
ベッドに敷かれた布団はぺちゃんこで、詰められた藁もカビ臭かったので、大事を取って椅子で寝ることにした。虫とかいたら嫌だし。
そんなわけで腰かけたままウトウトしていると、真夜中すぎに何かの気配を感じて、ふと目を覚ました。
自分の前に誰かがいる。
燃え尽きた蝋燭は、部屋を暗黒にしていた。
その中に、誰かが立っているのだ。
恐怖に喉が引きつった。
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