26 老翁と労働

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 そりゃあこのブラックな職場じゃあ仕方ない気もした。日本でもひどい企業からは身体を壊す前に辞めましょうと言われているくらいだし。  さっき、ジッドさんが僕の部屋にきたのは、辞めることを伝えるためだったのか。召喚師じゃなく僕に言いにきたということは、この老人に打ち明けるのがよほど怖かったのだろう。  僕はジッドさんに深く同情し、彼が僕の部屋にきたことは黙っていたほうがいいと判断した。言うと告げ口っぽくなりそうだ。 「また誰か紹介してもらわねばならん。面倒なことだ。近頃の若いもんは根性がなくていかんな。今度はもう少し歳を取った使用人を頼もう」  ブツブツ言うエビザ召喚師を見おろしながら、僕はこれからこの老人とふたりきりで一体どうすればいいのかと、どんよりした気分になった。 「仕方ない、このまま着がえて仕事にいくか。おい、お前、馬車を準備してこい」 「え」 「儂はひとりで何とかして服を着る」 「あの、僕、馬車なんて扱えませんが」 「何だと?」 「馬とかそういった動物も、触ったことないです」 「触ったことない?」  驚く召喚師に、僕はうなずいた。 「むぅ……、今までどんな暮らしをしてきたんじゃ。しょうがない。今日は仕事を休むか……」  召喚師はあきらめ顔で車椅子に座り直した。  そのとき僕のお腹が盛大にグウウッと鳴った。音にビックリしたのか召喚師が振り返る。 「えっと、とりあえず、なんか、朝食でも作りましょうか」  腹が減っていた僕はそう提案した。 「作れるのか?」 「多分。(かまど)は使ったことないですけど、昨日、ジッドさんの手伝いを少ししましたし」  高校時代はファミレスでアルバイトの経験もある。 「そうか……。じゃあ、まあ好きにしろ」 「では準備してきます。あ、ひとりで着がえられます?」 「子供ではない。できる」  ムスッとした表情になった召喚師を寝室において、僕は厨房へと向かった。 ***  しかし昨日少し使ったとはいえ、コンロも水道もない台所である。  どう扱っていいものやら、僕は竈の前で立ち尽くした。 「まず火をおこさないとな。えっと、ライターはないし。火打ち石なのかな。火打ち石ってどこなんだろ」  木製の棚を見つけて、ゴソゴソしていたら外に通じる扉がひらいて誰かがやってきた。 「おはようございますー。今日は卵と牛乳いりますか」  どうやら行商の人らしい。農民っぽい服装をしている。 「あ、欲しいですー」  朝食には卵と牛乳だろう。僕は行商の人に答えた。
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