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1 始まりはトラックで
大好きだった先輩が死んだ。
大型トラックに跳ねられて。
いや死んだというのは間違いかもしれない。
なぜなら死体は発見されなかったから。
先輩は、トラックに衝突するその瞬間、姿を消したのだ。
後に残されたのは、コンビニの壁にぶつかってつぶれたトラックだけ。
それが、去年の三月三日、十三時三十三分の出来事だった。
今、僕、仲島倫多は先輩が事故にあった現場に立っている。ゆるいカーブをえがく危険な道路の交差点。まさに先輩が消えたその場所に。
あの事故から一年。今日は先輩の一周忌だった。
美しく優しい青年だった、桃谷春希先輩。高校卒業を間近にひかえ、不慮の事故でこの世界からどこか別の場所に飛んでいった。行き先は誰にも分からない。
異世界に転移したんじゃないかと噂された。もしくは平行世界にスリップしたのか、はたまた時空を超えたのかと。そんな奇想天外なこと、警察は信じなかったけれど。でも死体はいまだに見つかってない。
「……そろそろ時間かな」
僕はスマホで時間を確認し、周囲を見渡した。
この道路は国道の抜け道になっていて、近くの工業団地からトラックが頻繁にやってくる。
運がよければ、僕もここでトラックに轢かれてどこかに飛ばされるんじゃないのか。
そんな考えが頭をよぎったのは、大学進学を諦めざるを得なくなって、人生に絶望したときだ。
学校も家も、僕のいるべき場所じゃなかった。毎日のようにいじめられるつらいつらい生活も、桃谷先輩がいてくれたから我慢できたのに。
先輩がいなくなってから、僕はずっと孤独だった。
だから彼を追いかけようと決めたのだ。
かといって簡単に異世界にいけるなんて、安易に信じちゃいなかった。別に、いけないのならそれでもよかった。ただ、この日常からサヨナラしたかっただけなのだ。万が一にでも運よく生きて転移できたら。先輩にもう一度会えたなら。
救われるんじゃないかな。
そう思ったから。
「あと三分」
同じ時間にトラックがくれば。
カーブを曲がりきれなかったのなら。
僕にだってチャンスはあるはず。
それに賭けてみようと、ふと、借りたかった本を求めて図書館にいくような手軽さでここにきた。
まるで夢遊病者のように事故現場に立って、ゲートが開くのを待つ。
望めばそうなる気がして、僕はもっと強く何かが変化するのを願った。
すると、いつもの風景が光の加減を変えたような気がした。
交差点の先に、目をこらす。
カーブの向こうから、分厚いタイヤを唸らせて、一台の大型トラックが走ってくるのがぼんやりと見えた。
やがて世界がにじみだす。
道路が小刻みに振動する。風が熱くなる。太陽と雲がゆがむ。
視界の奥から大きな物体が、僕のほうに一直線に迫ってくる。すごいスピードで。
「……」
三月三日。十三時三十三分。きっと三十三秒。
僕は動かずに衝撃に身構えた。
圧縮された空気が顔面にあたったと思った瞬間、周囲が白く爆発する。
――うわ――。
身体がバラバラになるような感覚に襲われた。
――ぁ――……。
そのあとすぐ全身がグルグルグルと回転し、重力がなくなり、何かに吸いこまれる。
時空と空間がグニャグニャになって圧迫され息もできない。
僕はショックにかるく意識を失った。
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