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6
思わず彼の腕を掴んだ。振り向いた彼の驚いた顔。
しまったっっ
知らんぷり、すればよかった…っっ
でももう遅い。
「…オ…オレの…」
「え?」
彼は驚いた顔のまま左のポケットに手を入れた。
「あ」
左のポケットから出てきた彼の手に、全く同じ青いキャップのリップクリーム。
「なんだ、おんなじの使ってたのか。気ぃ合うな。つかごめんな」
彼がにかっと笑ってキャップを閉めて、オレの手にリップクリームをのせてくれた。
あったかい大きな手。
「う、ううん…っ。たったったまたま…っ」
あ、やばっ「ううん」でやめとけばよか…っ
「ふーん?」
わわっっ
手、握られたっっ
「前は確か、全体的に白いやつ使ってたよな? リップクリーム」
「え、え、あ、う…ん」
なんでそんなこと覚えてんの
「その時は普通に出して使ってたよな。だから覚えてんだけど。でも俺、お前がこれ使ってんの、見たことねぇんだよなぁ」
どくん、と胸が跳ねた。
「た、たまたま…じゃない…?」
「たまたま? それも? ふーん…」
ちらっとオレを見た彼の目が、なんか今までと違う。
ドキドキ ドキドキ ドキドキ
「!」
リップクリームごと、ぎゅっと手を握られた。
おっきい手。骨っぽくて格好いい。
「お前、今日放課後なんか用事ある?」
オレの手を握ったまま彼が訊く。じっと見つめてくる強い瞳。
「…な…い…けど…」
やばい 手、熱い あつい…っ
「じゃ、一緒に帰ろ。な?」
にっ、と笑いかけてくる顔、めちゃくちゃ格好いい。
「う…ん…っ」
てゆっか、いっつも一緒に帰ってんじゃんっっ
キーンコーンってチャイムが鳴る。彼の手が、ゆっくり離れていく。
手のひらの上の青いキャップのリップクリーム。
それをぎゅっと握ったまま、右のポケットに手を入れて自分の席に戻った。
彼の唇が触れたリップクリーム
このまま保存か、それとも…
彼の後ろ姿を見つめながら、ポケットの中でぎゅうっとリップクリームを握りしめる。
心臓は、とくとく、とくとくと早鐘を打ち続けていた。
了
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