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みぎ 1
「おーい、サッカーしに行くぞー」
高校の昼休みの教室。彼が笑顔でオレを呼んだ。
「オレやんないよー。制服汚れんじゃん。…見には行ってもいいけど」
サッカー苦手なんだよ、って毎回言ってるのに、あいつはオレを誘う。
「んー、おっけー。じゃ行こうぜー」
彼の他にも何人か、高1にもなって昼休みにサッカーをやろうなんていう物好きが、ひとかたまりになって廊下を冬のグラウンドへと向かっている。
中学までのオレなら絶対つるんでない面々。みんな元は彼の友人だ。
彼も、彼の友人たちもカラッと明るくて、他の、なんか含みのありそうな笑顔で声をかけてくるヤツらといるより心地よかったから、自然と一緒にいるようになった。
「てゆっかさー、お前毎回見てるだけじゃ寒くね?」
背の高い彼が、当たり前のようにオレの肩に腕を回しながら言った。
ドキッとする。
「…陽、当たるとこにいるし、まあ平気…だけど」
「ふーん」
少し吊り上がり気味の強い目でオレをちらっと見下ろして、彼は左ポケットからリップクリームを出した。そしてオレの肩に腕を回したまま、青いキャップを取ってササッと塗る。今時、男子だからって何のケアもしない方が珍しいから、まあ普通。でもさ。
この体勢でやんなくてもよくね?
彼の骨張った大きな手が、オレの目の前でリップクリームのキャップを嵌めた。
長い腕に囲い込まれてて、まるで抱きしめられてるみたいで、慣れてはいてもドキドキしてしまう。
両手使う用があるなら腕外せよ
片時も離れたくない恋人同士みたいなことすんな
…オレの気も知らねぇで
昇降口で靴を履き替える時、彼がオレの肩に手をかけて手摺り扱いしたから、オレはお返しに彼のブレザーの腰の辺りを掴んでやった。
「お前ら仲良いよなー」
ってクラスメイトが笑う。彼がまたオレの肩に腕を回した。
「ほら、俺とこいつ、こやって肩組んだらピッタリだろ? ちょうどいいサイズ感。シンデレラフィットっつーの?」
ははって笑いながら、彼がケロッとそんなことを言う。
なんだよシンデレラフィットって
オレだけドキドキしててバカみたいだ
ボールを持ってるクラスメイトが「チーム分けすんぞー。6人だからちょうど3、3だなー」って言って、彼がようやくオレから腕を離した。
ホッとして、淋しくて、胸の奥を冷たい風が通り抜けていく感じがする。
なにやってんだろ、オレ
唇を噛んで視線を落とした。彼がみんなの方に進んでいく。
視界に入っていたデカいスニーカーが、くるりとオレの方に向き直った。
そしてザザッと近付いてくる。
えっっ
バサッと肩に何かがのった。
「それ持ってて。つーか着てろよ、さみーだろ? お前細いからそのまま上から着れるっしょ」
にっと笑った彼が、背中を見せて走っていく。紺色のベスト。
肩にかけられた、彼の大きなブレザー。
あったかいし…
いや、ていうかいくら体格が違くてもブレザーの上にブレザーは…着れた。
袖、長いし、裾も…。
こんな違うんだ、オレとあいつ…。
知ってた…けど。肩に回された腕の長さとか、見下ろされる身長差とか。
とくとく とくとく とくとく
走ってる彼らを見ながら、走ってないオレの心臓も跳ねている。
ぐっと唇を噛んだ時、ピリッとした痛みがあった。
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