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やば、割れた。
二重になってるブレザーの右のポケットを探って、リップクリームを出した。
彼のと同じ、青いキャップ。
「妹に持たされたんだよ」と言った彼が、ちょっと照れくさそうにそれを使っているのを見た日、つい同じのを買った。
そろそろ買わないといけなかったし、安かったし。
そんなことを、訊かれてもいないのに1人でごにょごにょと言い訳のように呟きながら、会計済みのテープの貼られたリップクリームをポケットに突っ込んだ。
そしてその時自覚してしまった。
あいつのこと、好きなんだって
だから同じのが欲しくなったんだって
身体が爆発しそうなくらい一気に熱くなって、そのどうしようもない熱を発散させるためにムダに河川敷を走った。
それが、短かった秋の初め。
あれから、ごまかしごまかし過ごしている。
リップクリームは同じのを使ってるって彼に知られるのは恥ずかしいから、彼が近くにいる時は出さない。
彼は今、サッカーに夢中だから大丈…っ
やば…っ
目が合った。なんでこっち見てんだよっ
ドドドドッと心臓が走る。
慌てて目を逸らして、拳の中にリップクリームを隠して、外から見えないようにキャップを嵌め、サッとポケットに入れた。息が荒い。
「いえーい」って声と「うわーっ」って声が聞こえて目を上げた。
ボールがゴールに入ってて、彼が両手を上げてる後ろ姿が見えた。
太陽のように明るくて、女子はもちろん男子からも人気のある彼。
その彼がくるっと振り返ってオレに向けて手を振る。
「なーなー、見てた? 俺の神ゴール」
キラキラした笑顔で訊きながら、こっちに向けて小走りで駆けてくる。
「み…てない」
もう昼休みも終わるから、教室に戻ろうとしてるだけ。
他のみんなもこっちに向けて歩いてきてる。オレの立ってる所は昇降口へ向かうルート上だから。
だから、別に彼がオレを目指して来たわけじゃない。
って思ってないと色々やばい。
「なんだよー。見てろよ、見に来てんだからさ」
また当たり前の顔をして、流れるような動作で肩を抱かれた。
「あ、ブレザー返す…っ」
「ん? いや、もちょっと着てて。俺今あちーから」
暑いならくっつかなきゃよくね?
ドキドキ ドキドキ ドキドキ
顔、熱くなってくる。やばい。やばい。
俯いて前髪で顔を隠しながら歩く。彼は他の友達と喋りながら、でもオレから腕を離そうとはせず、結局教室まで肩を抱かれたまま来てしまった。
「な、ブレザー返すから、腕…」
「ん? ああ、そっか」
ちらっと見上げたら、彼がちょっと下唇を歪めて軽く頷いて、やっと腕を離した。
残念そう、に見えるような顔すんな
ぐっと唇を噛んだら、またピリッとした痛みが走った。
オレから受け取ったブレザーを「あったけー」とか言いながら着てる彼から目を逸らして、でもまたちらっと見る。
オレには大きかったブレザーが、彼にはぴったりのサイズだ。
今ぴったりじゃヤバいだろ。まだ1年だぞ。
どんなスピードで伸びてんだよ。タケノコか。
頭の中でそんな悪態を吐きながら、密かに深呼吸を繰り返した。
頬の熱さと強い鼓動に鎮まってくれよと願いながら、オレは彼の左斜め後ろの席に座った。
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