みかん

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 やれやれ、たつ子は少しほっとした。  暮れから正月にかけて遊びに来ていた孫の聡が帰って行ったからである。  たつ子は今年84になる。年女だ。辰年に生まれた父親の辰三が単純に付けた名だった。ただ、女だったので漢字を使わない程度の配慮はあった。ちなみに2歳年上の夫の名は寅二だ。  たつ子は過疎化が進む東北地方の田舎まちに独り住まい。夫の寅二は13年前に亡くなっている。寅二が亡くなるまで夫婦はそれなりの規模の農家を営んでいた。今は自分で食べる程度の野菜をたつ子自身が細々と作っているだけだ。夫婦には娘が一人いた。その娘、里美は九州に嫁いでいる。  里美は今年4年ぶりに帰省する予定だったが夫の母親の体調が急変。やむなく東京で社会人1年目の生活を送っていた一人息子の聡をピンチヒッターで送り込んでいたのだ。今年の正月は父方の祖母は両親が、母方の祖母は聡が様子を見る形になった。  IT会社に勤務している聡は、2日以上続くまともな休みはこれが初めてであった。たとえ給料は良くても深夜までの激務は精神的にも辛い日が続いていた。それゆえ聡にとって今回の里美からの提案は渡りに船だった。聡が祖母の家に行くのは寅次の葬儀以来だった。  子供の頃の聡は、たつ子の家に行くのが楽しみだった。毎年ではないが小学生までは里美が里帰りするとき必ずついて行き、楽しかった思い出がたくさんあった。  夏であれば、寅二と裏山でカブト虫狩り。寅二に教わった小川での魚釣り。昼寝の後の冷えた甘いスイカ。冬ならば裏山で寅二と共にそり遊び。庭先で寅二と一緒に造ったかまくら。その中で食べるあったかいお汁粉。九州でも都会育ちであった聡には、どれもこれも新鮮な驚きばかり。聡は当時あれ程夢中になっていたTVゲームをすっかり忘れてしまうほどだった。
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