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「あーーーー」
「うるせぇよ、飯食え、飯」
内容で2週間悩み、字が気に入らなくて3回書き直した。そして渡すまではすでに約3ヶ月。まだ僕は彼女にこの手紙を渡せていない。
「見てよ、ヨリちゃん。阿見さんがお菓子食べてる。あれ購買に売ってるクッキーだよね?」
「あれな、数量限定のやつだろ? 人気でなかなか買えないって聞いたけど、やるな阿見さん」
「いいな、僕も買おうかな」
「いいじゃん、買ったら俺にも1枚くれよ」
「もういっそのことクッキーになって阿見さんの栄養になりたい。その方が有意義だ」
「恐ろしいわ」
ばあちゃんは、恋は砕けてなんぼだと言っていた。村一番の美丈夫だったじいちゃんに、10回以上お付き合いのアタックをしてようやく実ったらしい。あの時代のおなごにしては、あたしゃー珍しかったろうね。だけど、結婚はじいさんの方から言ってくれたのさ。そう言って歯の抜けた口を開けて笑う豪快なばあちゃん。そんなばあちゃんの作った卵焼きは、今日もとても美味しい。
でもばあちゃん、僕は砕けたくないよぉ。取り出した手紙を机の上に置いて眺めてみた。100円ショップじゃなくて、文房具屋で買った少し高めのレターセット。淡い空色の中に散りばめられた薄ピンクが、まるで彼女のようで気に入った。
「俺が渡してきてやろうか?」
「ダメ! それは絶対だめ!」
「声でけぇよ。てか、令和に手紙って」
「だって僕、スマホ持ってないし」
毎年のように最新機種が出るスマホは、まだ僕の手に握られていない。じいちゃんもばあちゃんも大人になるまで我慢と言って譲らないし、僕もとくに欲しいと思わない。
「けどさ、仮に阿見さんと付き合えたとして、連絡がすぐ取れないのは不便じゃねぇか?」
「どうして? 家の電話があるよ」
「いや、お前阿見さんに自宅に電話させんのかよ。面倒だし、なんかこう、嫌だろたぶん」
「そっかぁ、じゃあ頑張って持てるようにするよ」
「まぁ結局、付き合えなきゃ関係ないし、そもそも手紙も渡せないとだな」
「あーーーーーー」
再びゴンッと音がする。頭上では、まぁ頑張れやとヨリちゃんがエールを送ってくれるが、こんなのどう頑張ればいいんだろうか。
「ヨリちゃん……ヨリちゃんは、阿見さんのことどう思う?」
「え? あーそうだなぁ、……胸がデカイな」
「ばっ、な、何言って、バカ!!」
「いてぇ、いてぇ殴んなよ」
思わぬ発言をしたヨリちゃんの頭をぼかぼかと叩く。もちろん拳で。僕の拳は硬いんだ。
「そ、そんなふしだらな目で、彼女を見るなよ!!」
「リョウがどう思うのかって聞いたんだろ!? てか、ふしだらって言うな」
確かに阿見さんは胸が大きい。僕だって目がいかなかったわけじゃない。でも、そればかりが彼女の魅力だというのは、失礼な話だ。
「じゃあリョウは、阿見さんのどんなとこが好きなんだよ」
「そりゃ……気遣いが出来て、みんなに優しくて、笑顔が可愛いところとか。横を通ると甘い匂いがして、それにあの大きな目で見つめられると……はぁ」
言葉が溢れて止まらなくなり、いつしか甘い溜息に変わった。
「はいはい、純情ボーイ」
もう1回だけ、そう思って阿見さんの方を見る。すると、彼女と目が合ったのだ。友達と笑いあっていた彼女が、僕の目を見てにこりと微笑む。彼女はゆっくり立ち上がって僕の方に歩いてくる。
一瞬停止状態だった脳がパッと動き出して、机の上に置かれたラブレターを握りしめた。そしてそのままそれをスボンの右ポケットへと突っ込む。
「何の話してるの?」
「ひゃ、え?」
「昨日見たテレビだよ、ほらチェーン店の人気メニュー当てるやつ」
「それ、私も見た!」
口をもごもごと動かしても、声を発せない僕の代わりに、ヨリちゃんはスラスラと阿見さんと会話をする。どんな練習をしたら、そんな風に話せるんだよ。
「阿見さんは? 急にどうした?」
「あ、そうだ。今日ね、購買のクッキー買えたからおすそ分け」
「いいの? ありがとう阿見さん。ほら、リョウも貰えよ」
「あ、いや、ああ、ありがと、ございます」
「いいえ」
ギギギと音を立てる鈍さを見せた手の動き。1枚取ったクッキーは、プレーン味だった。でも阿見さんの甘い香りが漂ってきて、甘さが増した気がする。
「それと、五十嵐くん」
「は、はい!」
「放課後、少し時間貰っていいですか?」
さっきの話し声よりも小さい声で、僕は彼女にそう誘われた。
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