五十嵐の純情

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「ど、どどどういうことだろう。やっぱ僕は騙されてんじゃないかな」 「落ち着けって。わざわざ部活が終わるまで待っててくれてんだろ? とりあえず行けよ」 「でも、でももし教室にいなかったら!?」 「そんならアイスでも奢ってやるよ」    阿見さんに声をかけられたあと、ヨリちゃんは告白か、良かったな僕の肩を叩いた。そんなわけが無い。そう思いながらも、授業中も練習中も阿見さんのことが僕の頭の中を支配していた。練習終わり、ヨリちゃんに手を引かれ教室の前までやってきたのはいいものの、これ以上足が踏み出せない。というか踏み出したくない、なのに電気は着いているし、人の気配も感じる。   「女々しい奴だな、はよ行け」    ガラッとヨリちゃんが扉を開けると、僕の背を押して教室に突入させる。倒れかけながら教室に入り、前を向くと阿見さんが正面に立っていた。   「じゃ、阿見さん、よろしくね」 「ちょ、よ、ヨリちゃん!」    無慈悲に閉められた扉。人影が見えるから、ヨリちゃんが扉を抑えているんだろう。   「練習お疲れ様です」 「あ、いえ、とんでもないです」    僕と阿見さんの距離は約1m。汗臭さが彼女の方まで行っていないか心配だ。その心配のせいで、さらに汗が吹き出してくる。誰か僕の汗をとめてくれ。あれ?汗って交感神経が関係してるんだっけ、いや、今そんなことはどうでもよくって。阿見さんは、不審な僕の様子を気にせずまたあの笑顔を浮かべている。   「私ね、五十嵐くんに話があって」 「は、はい!」 「今まで、こんなにドキドキしたことないから、すごく緊張してる」    阿見さんはふーっと1つ呼吸をすると、上目遣いに僕を見上げた。その頬は紅くて、目が少し潤み、磨いた後の宝石のようだ。体がこわばり少し下の方でぐしゃりと音がする。   「私、五十嵐くんが好きです、もし五十嵐くんも同じ気持ちなら、私の彼氏になってくれませんか」  自分の心臓の音が聞こえない。呼吸をしているかもわからない。そんな時、コンコンと2回ノックが聞こえた。 「よ、よろしくお願いします!」    反射的に出された声。そのあとに見えたのは、驚いたあと嬉しそうに笑う阿見さんの顔。ありがとうと言って、飛び跳ねた。   「今日はちょっと恥ずかしいから、また、明日……バイバイ!」 「ば、ばいばい……」    扉が開いて、阿見さんが出ていく。そして廊下から、佐都間くんもありがとうと言う声が響いた。   「情けない奴。だけど、良かったな」    飛びかかるように、ヨリちゃんが腕を回してきたことで、意識が戻った。握りしめていたポケットからラブレターを取りだした。大事に持っていたくせに、出番がなくて、ついにくしゃくしゃになってしまった。僕の感情で僕の青春。それを形にすると、こんな感じにくしゃくしゃで汚い。だけどどうしてだろう、嬉しくて恥ずかしくて、口角が上に上がっていくんだ。      25歳の夏。目の前には淡い空色の浴衣を着た晴ちゃんがいる。調子に乗って買ったわたあめは少ししぼんできた。昔程甘いものが得意ではなくなってきたらしい。そんな晴ちゃんが作る、甘さ控えめのクッキーは、僕の大好物だ。  じいちゃんは、男はいつでも青春をしたがる、だから好きな人が、毎日綺麗になると感じるんだと言った。その言葉通り、晴ちゃんは毎日可愛さを増して、美人になって、何度も取られないか、僕は相応しいのかと不安になった。  花火のラストスパート、晴ちゃんの横顔に、オレンジが反射している。  ばあちゃんは、どんなに不器用でも、私を愛してくれる男が一番かっこいいのだと笑った。晴ちゃんの目にも、僕はかっこよく映るだろうか。不器用に君を愛している僕は、まだかっこいいと思って貰えるだろうか。   「晴ちゃん……」 「どうしたの、リョウくん」    ズボンの右ポケットに手を入れた。手紙よりもかなり厚みのある四角い感触。取り出した瞬間、晴ちゃんはハッとした表情を浮かべる。   「最初、晴ちゃんに言わせてごめん。だけど、これはちゃんと、僕から伝えるから」  膝を着いて、晴ちゃんに向かって四角い箱をかざした。 「これからも、僕は、晴ちゃんと一緒に生きていきたいです。晴ちゃん、僕と、結婚してください」    観客が花火に夢中の中、僕は晴ちゃんに、晴ちゃんは僕を見つめている。開いた箱からは、花火よりも小さい輝きだけど、僕の精一杯の想いを詰めた指輪が収まっている。   「はい」    ポケットの中に居座り、渡せなかったくしゃくしゃのラブレターを思い出した。しわくちゃで汚いラブレター、今の僕もそれぐらいくしゃくしゃな顔をしているんだろう。
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