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5.ライブ配信
「あら、おかえり」
帰宅すると、母親が夕食の支度をしていた。当たり前だが、ローストビーフにミネストローネといった豪勢な食事ではなく、カレーの匂いがする。
「最近早く帰ってくるね」
「部活引退したからな」
簡潔な返事をキッチンに向けて、2階の自室に向かう。
野球部の仲間からカラオケに誘われたが断り、まっすぐ帰宅した。部活が終わり、本格的な受験勉強を開始する前のわずかな期間に羽を伸ばす部員も多かったが、おれは遊ぶ気になれなかった。真面目というわけではない。したいことがなかった。髪を染めるのにもピアスの穴を空けるのにも興味が湧かないし、彼女がほしいという気持ちもないでもないが、そのためにナンパや合コンに精を出すほどの気概はなかった。
浮ついた友人たちの空気にいまいち乗ることができず、ここ数日は学校が終わるとすぐに帰宅していた。自室にこもってスマホでURUの小説を読むだけの毎日。通塾がはじまるまでの約1カ月間、おなじように過ごすのかもしれない。高校最後の夏としては地味だが、それも悪くない。むしろおれらしいともいえる。
自室のドアがノックされ、母が顔を出した。ゆったりとしたシャツから藍色のワンピースに着替えている。
「お母さん、出かけてくるね。カレーつくってあるから、あっためて食べて」
「わかった」
姉は長期海外出張中で、兄はニューヨークだ。医療機器メーカーの開発部で部長職に就いている父はいつも帰りが遅く、母も近所のカフェでパートタイムワーカーとして働きながら、習い事やフィットネスジムに通って、それなりに忙しそうだ。今日は水曜だからウクレレ教室だろう。
家にひとりでいる時間が増えると、ついよけいなことを考えてしまう。両親はおれに落胆しているのではないか、仲間や友達に囲まれている間にも疎外感や孤独感に襲われるのは自分に欠陥があるからではないか。たいていはそういったことだ。思春期の男子ならだれもが大なり小なり悩みを抱えているものだろう。もっと深刻な状況で苦しんでいる同年代の少年も世のなかには無数にいるはずだ。それでも、おれの世界におれはひとりで、苦しみも葛藤もおれだけのものだった。
悶々とした日々のなか、唯一、無心になれる時間が、URUの小説に没頭しているときだった。ほかならぬおれ自身がモデルになっているのだ。集中しないわけにいかない。
10作ほどの小説を1日1作ずつ時間をかけて読んでいた。一気に読みきってしまわないのは、時間というよりもむしろ精神的な理由があった。ただでさえふだんから活字に親しんでいない頭で長文を読むのは疲れる。そのうえ自分自身の特徴や嗜好がキャラクターに反映されているわけだから、台詞や展開のひとつひとつがいちいち気に掛かり、記憶を辿る作業が加わる。短い作品でも読み終わるのに数時間かかった。
今日の「風間謙太郎」は海外のランウェイで活躍するファッションモデルだった。どこで知識を得ているのか、最新のトレンドやファッション業界の動向も精密に描写されており、素人目にも本格的な小説であることがわかる。
おれとおなじ郊外の公立校に通うごくふつうの高校生である漆原にアパレルの知識や経験があるとは考えにくい。おそらくネットの情報や図書館の専門書から情報を仕入れているのだろうが、凄まじい集中力だ。文中での表現も自然で過剰でないから違和感なく受け容れられ、専門情報もさりげなく導入されていて厭味がない。
ファッション業界に興味がないおれでも、読みはじめてすぐに物語の世界に没入した。本職の作家でないとはいえ、人気があるのも納得できた。同時に、学校ではおれ以上に目立たない存在の漆原が持つ圧倒的才能を見せつけられているようで、よりいっそう強烈な劣等感に苛まれた。
ドラマ化を控える1作目を除いたほぼすべての小説で「風間謙太郎」とおれの共通点を見つけることができたが、今日の作品に出てくるスーパーモデルは比較的創作の割合が多いようだった。共通するのはインスタグラムで不定期に配信をしていることくらいだが、それはたいして珍しくもない。いまどき有名人でなくてもだれでもやっている。
小説のページを閉じ、代わりにインスタグラムをひらいた。スーパーモデルと人気俳優の「風間謙太郎」ふたり合わせてフォロワーの数は150万人。高校生の風祭顕のアカウントはというと、驚異の120人だ。学校の友達と他校の野球部、いちおう、姉と兄もフォローしてくれている。世界各国を飛び回る記者の姉は1万人、大学生活を謳歌中の兄は6千人にフォローされている。
最後の大会までは友達と出かけた初詣やハロウィンの写真、定食屋の大盛りカツ丼の写真などを気まぐれに投稿していたが、ここ1か月ほどは覗いてすらいなかった。
ふと思い立ち、ライブ配信のボタンを押してみた。リアルタイムで映像を発信できるツール。部活の帰りやゲームをしながら、その日の気分で独白を漏らすだけの気まぐれな配信だ。予告をすることもないから、たいてい視聴者はリアルタイムも合わせて十数人いればいいところだった。この日も開始から10分ほどで5人のアカウント名が並んだ。知っている名前もあれば知らないものもある。
だれもいない静かな家の自室で足の爪を切りながら、小さな機械に向かって部活を引退したことや最近読書をはじめたことなどをとりとめなく話す。モデルや俳優のようにファンがいるわけでもないし、フォローしているからといっておれに興味を持つ者もいない。だれかに聞かせるというよりも自己満足にちかかった。不特定多数に向けて自分の生活や考えを伝えるという行動にはすくなからず自己顕示欲や承認欲求が含まれているはずだが、満足感はすくなく、むしろよけいに惨めな気分になった。
停止ボタンに手を伸ばしかけたときだった。リアルタイムで閲覧しているアカウント名を示す表示のなか、ひとつの名が目にとまった。「U」と一文字だけのアカウント。プロフィール文にはコーヒーの絵文字がぽつんとあるだけで、フォローしているのはおれを含む20人程度。フォロワーもおなじようなものだった。投稿写真は1枚だけで、それも場所も日時も不明の青空の写真だった。フォローされたのはいつ頃だったかおぼえていないが、なんとなくフォローを返したものの、相手の素性は知れなかったし、なぜおれのアカウントをフォローしたのか不審に思った記憶があった。
ほとんど印象に残ることのない「U」の文字を前にも見たことがあった。というより、ライブ配信をするときには必ず見にきていた。リアルタイムで名前が表示されていないときも、数日とたたずに必ず「いいね」が押されていた。
直感のようなものがあった。考えるより先に口がひらいた。
「Uって、URU?」
おれの発言の直後、視聴者一覧のなかから「U」が消えた。あまりに早すぎる反応が疑惑を確信に変えた。
咄嗟に本名を避けたのは我ながら賢明な判断だった。漆原がおれのプライベートを熟知していた理由がわかった。塾に通うことになったと配信で話した記憶がかすかに残っていた。ストレス解消として愚痴を漏らしたに過ぎない。たいしたことのない日常。自分でもすっかり忘れていたほどだ。だれも気にしていないと思っていた。
配信を終了し、フォローリストから「U」のアカウントを覗いた。非公開設定になっているが、互いにフォローしているアカウントに限ってダイレクトメッセージをやりとりできる仕組みだ。しかし、「U」は相互フォロワーにさえもDMを開放していなかった。
画面を切り替え、検索窓に漆原の作品のタイトルとペンネームを入力した。ネット小説家URUの公式アカウントはすぐに見つかった。有名人を探すのは楽だ。「U」とちがい、「URU」のフォロワーは姉や兄よりもはるかに多かった。
おそらく「U」のほうはいわゆる「裏アカ」というやつだろう。フォローしている20ほどのアカウントはおれを除くほとんどが海外セレブや企業の公式アカウントで、目眩ましの役割を果たしているのではないか。おれのアカウントをチェックし、小説のヒントを得るために作成されたおれ専用のアカウントと考えるのは自意識過剰だろうか。
フォロワー約2万人のURU先生のアカウントをフォローした。公式だけに、メッセージも送信できる設定になっていた。試しに「U?」と一言だけ記して送ってみた。即座に既読の文字が表示されたが、返信はなかった。
タイムラインには漫画化のニュースや出版の告知が並んでおり、URUの正体を想像させるような内容は皆無だった。
最新の投稿は原作を手掛けた漫画「ぼくらの恋には込み入った事情が。」の続編が発刊されることを知らせるもので、フォロワーによる歓喜と応援のコメントが並んでいる。外国語のコメントも含まれている。どうやら海外にもファンを持っているようだ。
コメント欄をひらき、文字を入力しようと親指を浮かせたところで、思案した。プライベートなメッセージとおなじ文言を残すのはまずいかもしれない。すこし考えてから、絵文字だけを残すことにした。ハートの絵文字を書き込み、考えなおして消した。不要な誤解を生む可能性は避けるべきだろう。親指を立てた「グッド」をあらわす絵文字に変更し、送信ボタンを押した。ファンたちの情熱あふれる応援メッセージのなか、不自然に浮いていた。
自室を出てダイニングでカレーをあたため、簡単な夕食を取った。部屋にもどり、再びインスタグラムをひらいた。「URU」にも「U」にも見事にブロックされていた。
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