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 水音がした。  目を丸くしたアスレイの顔にぶわりと朱が広がったと思ったら、もう彼女の姿は消えていた。あるのは沈黙と水溜まり。その水溜まりも瞬く間に水面になじんで、見えなくなった。 「水に、、、溶けてしまった?」 「あいつ身体が熱いと溶けちゃうんだ。あれは照れたんだよ」 「大丈夫。そのうち戻るから」  僕らが交互に答えるとタバサちゃんは、ふうんと返して、尚水面を見つめていた。  全く見事だった。この豪胆なお姫様は、アスレイですら気付いていなかった、いや心の奥底には存在していて、でも見ないふりをしてきただけかもしれない彼女の美しさ(優しさ)を教えてあげたことで、彼女の中に巣食う憂いを蒸発させてしまったのだ。  それでもアスレイの冬の葬式は続くのだろう。けれど、悲壮と哀愁の只中で、こんなことをして何になると自問して、、、そんな彼女の行いが、きっと確かに報われていると、慰めではなく言ってもらえた。それで今は十分だろう。 「わたしはきっと、認めたかったんだ」  ぽつり、風の唸りに紛れそうな言葉を拾って、彼女を仰ぎ見た。 「種族だとか、身分だとか、重要なのは外聞じゃあない。心があれば十分だ」  独り言にも近い呟きはどうにも、タバサちゃんが自身に教え聞かせるような調子があった。彼女の頬も両手も霜焼けで真っ赤だ。 「今更ながら、姉さんの相手がスピカ竜で良かったのだろうと、今度こそ本当の意味で、良かったと、心から感謝できる」  ――僕ら妖魔は心に敏感だ。ウンディーネやエンプーサなんかは罵詈雑言の類を受けると泣いて逃げ出すほど、僕らは心に敏感だ。  心にないこと、なんて、心にないなら言えるわけがない。だからこれは、心にあるからこそ言える言葉。  じっと水面を見つめていたタバサちゃんが顔を上げる。その表情は差し込んできた光に照らされたからだけでなく、どうにも晴れやかなものだった。 「ねえタバサちゃん、結婚するならどんなヒトがいい?」  ふと最初の話題を口にする。タバサちゃんが振り返る。 「城で王女様をやっているより、剣を振るう方が気分が良くて、馬一頭で勝手に出かけて、意固地で、口調も上品ではなくて、素直になるだけでここまで時間がかかるひねくれ者。こんなわたしを面白がってくれる人なら上等だ」  そう言って、本日一番の笑顔を咲かせたものだから、僕らもすっかり愉快になって笑ったのだった。 ーー  それから地元民の噂では、氷舞を舞うアスレイはやはり泪を流すものの、以前より憂いの表情を感じられなくなったという。 ハンノキの高き梢より、 汽車はいまや夜にたゆたひ、 きららかに氷華をおとし、 ウェールズのあしたをわたる 見晴るかす段丘の雪、 天青石まぎらふ水は、 なめらかに川はうねりて、 百千の流氷を載せたり ああ きみがまなざしの涯、 もろともにあらんと云ひし、 うら青く天盤は澄み、 そのまちのけぶりは遠き 南はも大野の果てに、 日は白く水底に燃え、 ひとひらの吹雪わたりつ、 うららかに氷はすべる [The story goes on.]
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