1.楽器の主張

2/16

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
   そう言ったくせに、と広瀬啓二(ひろせけいじ)は雑誌を広げてため息をついた。  白いシャツを着て、生真面目(きまじめ)な顔でこちらを見ている写真はまるで証明写真のようだ。  愛想(あいそ)のかけらもない。 「なんだこれは」  大きな声を出すと、ソファーに身を投げ出していた(ひびき)はぴくりと(まゆ)を動かした。 「約束が違う」  成瀬は手に持っていた雑誌をテーブルにたたきつけた。 「なんでもやるんじゃなかったのか」 「一応、やったよ」 「一応だと? ふざけるな。全力でやれ」 「無理だよ。成瀬さん。僕の職業(しょくぎょう)は歌手だよ。いくらカメラマンに表現しろとねちっこく迫られても、がみがみ怒鳴(どな)られても、できないものはできない」 「せめて笑えよ」 「嬉しくもおかしくもないのに笑えないよ。僕はモデルでも俳優(はいゆう)でもないんだから」
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加