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何よりお前がもう限界だろう。
理想は追うためにある。
完璧を求め過ぎて燃え尽きるな。
分厚いガラスに遮られた録音室の向こう側に、ヘッドフォンを付けマイクの前に立つ響が見えた。
これから一人で戦うのだ。
成瀬にできることは何もない。
「お、歌う気になったか」
石渡が食べていた弁当をテーブルに置いた。
「やっぱり、成瀬さんだわ」
弁当効果で、スタジオの空気が緩んでいる。
ブースの中にいる響に向かって手を上げると、にらむような眼をして頷いた。
U~UUUUUU。
細い声が徐々に大きく力強くうねりだす。
壁を震わせ鼓膜を震わせ体の芯がぎゅんと痺れた。
甘い痺れに思考が止まる。
体を満たしていく声に、細胞が反応していくような不思議な感覚。
その声が消えても、まだ体の中にわずかに震えが残っている。
そして、余韻を味わうための静寂。
しんとした中に、響が両手で大きく丸を作って見せた。
GOのサインだ。
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