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素晴らしい声ですね、と挨拶のように言う人達を響は嫌う。
息を吸う、肺に空気を貯める。喉を開き、腹部から押し上げてきた空気を口蓋から鼻腔まで圧をかけ、空間を広げていく。
声という名の音、その波長、共鳴作用。
それらをいかに体の中から響かせ、空間に放つか。
全てがうまくいけば、爪先から脳天まで完璧な楽器となった自分を感じることができる。
その時は最高に幸せだ。
でもそんなふうになれることは滅多にない。
どうすればそこに到達できるのかと、いつも苦しくもどかしい。
そんなことをポツリと語ったことがある。
「誰もわかっていない。生まれつきの才能で簡単に歌っていると思っているんだ。楽器だってメンテナンスをしないとうまく歌えないのに」
「楽器?」
「僕は楽器だから」
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