1.楽器の主張

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   素晴(すば)らしい声ですね、と挨拶のように言う人達を響は嫌う。  息を吸う、肺に空気を貯める。喉を開き、腹部から押し上げてきた空気を口蓋(こうがい)から鼻腔(びくう)まで圧をかけ、空間を広げていく。  声という名の音、その波長(はちょう)共鳴作用(きょうめいさよう)。  それらをいかに体の中から響かせ、空間に放つか。  全てがうまくいけば、爪先から脳天まで完璧な楽器となった自分を感じることができる。  その時は最高に幸せだ。  でもそんなふうになれることは滅多にない。  どうすればそこに到達できるのかと、いつも苦しくもどかしい。  そんなことをポツリと語ったことがある。 「誰もわかっていない。生まれつきの才能で簡単に歌っていると思っているんだ。楽器だってメンテナンスをしないとうまく歌えないのに」 「楽器?」 「僕は楽器だから」
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