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私には娘が二人、いる。
上の子は3歳の幼児。下の子は6ヶ月の赤ちゃん。
そういうわけで、現在、私は仕事を休職して子育てに専念している。
夫も協力的で、何かと私を助けてくれる。
私が育児で疲れ切っていたら、代わりにご飯を作ってくれる。
掃除や洗濯が疎かになっていても文句も言わず手伝ってくれる。
彼も仕事で疲れているだろうに。感謝しかない。
私がお礼を言うと、「大丈夫。お互いに支え合おう」と言って笑ってくれる。
本当にありがたい。
この人と結婚して家庭を持てて良かった、と心から思える。
そして、娘たちのことがより一層愛しくなる。
私は多分、理想的な幸せの中にいるのだろう。
ある日のお昼ごろ。
それまで大人しく眠っていた下の子が急に泣き出した。
赤ちゃんだから、急に泣き出すなんて珍しいことではない。
「ごめんね」
そう告げて、私は上の子とのお人形遊びを中断した。
立ち上がり、下の子の方へ向かう。
ミルクかな? オムツかな? ……ああ、今回はミルクね。
「そっかそっか。お腹が空いていたのね」
赤ちゃんを抱き上げてあやしながらミルクを与える。
満腹になって再び眠る──かと思ったらまたぐずりだした。
こうなったらしばらく治まらない。
背中をさすったり頭を撫でたりを何度も何度も繰り返し、ようやく大人しく眠ってくれた。
立ち上がってから2時間ぐらいは経っていた。
「あ、こんな時間!」
ふと見ると、時計の針は13時を超えていた。
赤ちゃんに掛かり切りでうっかりしていた。
上の子にお昼ご飯を食べさせていなかった。
「遅くなってごめんね。お昼にしようか」
呼びかけると、上の子はお人形遊びの手を止めて私を見上げる。
そして屈託のない笑顔で「うん」と頷いた。
それから、正面に向き直って「また後でね」と言った。
そこには誰もいないけど……お人形遊びの一部かと思い、私はあまり気にしなかった。
「さっきはごめんね。あ、そうだ。ご飯の後で絵本を読んであげようか」
「わあい、絵本。嬉しい!」
「楽しみだねー」
さっきは遊びの途中で上の子を放置する形になってしまった。
けど、拗ねたりはしていないみたいでホッとする。
「絵本は何が良いかな?」
「ネズミさんのが良い! 大きいカステラを作るやつ!」
「えーと、どれだろう……」
少し遅くなったお昼ご飯の後、本棚に向かう。
そして、上の子がリクエストする絵本を探していると──
「あ、大変!」
突然、赤ちゃんの泣き声が部屋の中に響いた。
下の子が再びぐずり出したのだ。
「ごめんね」
上の子に言うと、私は赤ちゃんの元へ駆け寄った。
今度はオムツの方だった。
オムツを交換して、しばらく抱っこをしながらあやして、また再び赤ちゃんは眠りにつく。
ふう、と一息ついた時、私は上の子のことを思い出した。
また放置してしまった。
これで何度目だろう。
慌てて部屋を見回し上の子の姿を探す。
すると、彼女は部屋の隅っこに座って一人でお人形遊びをしていた。
さすがに怒ってるんじゃないかと心配していたけど、そんなことはなかった。
ニコニコと笑って楽しそうに遊んでいた。
「ごめんね。ママ、忙しくて」
「ううん。さーちゃんと遊んでるから大丈夫」
「さーちゃん?」
「うん」
「……ああ、なるほど」
一瞬、娘が何を言っているのか分からなかったがすぐにピンときた。
イマジナリーフレンドというやつだ。
そう言えば、さっきも何も無いところに話しかけたりしていた。
「さーちゃんってお友達?」
「ううん、おねえちゃん」
「年上のお友達のイメージなのかな。
今もさーちゃんと遊んでたの?」
「うん。ママは忙しいからこっちで一緒に遊ぼうって言ってくれたの」
「……そっか」
やっぱりそうだ。この子は本当は寂しいんだ。
下の子が生まれて碌に構ってあげられなくなったから。
その寂しさを紛らわせる為に架空のお友達を作っているんだ。
どうしよう。私のせいだ。
「ねえ、さーちゃんってどんな子?」
「やさしいおねえちゃんだよ」
「そっか。さーちゃんとはよく遊んでるの?」
「うん。ずっと前からいつも一緒にいるよ」
「そう……」
“ずっと前”というのはおそらく、下の子が生まれた辺りの頃だろう。
どうしたものかと困惑する。
そんな私の内心など知る由もない娘は、ニコニコと笑いながら更に話を続ける。
「あのね、さーちゃんはね、本当は『早希子ちゃん』っていうの」
「──え?」
「さーちゃんの方がかわいいから、さーちゃんって呼んでるの」
「早希子……?」
娘の口からその名前が告げられた時、私は言葉を失った。
背筋が凍る思いがした。
朗らかに笑う娘とは対照的に、私は険しい顔で硬直していた。
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