第1話 見つかった!

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 彼女は、4本の矢を全て的に当てると、さっさと射場から出ていった。  伊南は、彼女が自分の前を通り過ぎる時、素早く袴の縫い取りを見た。  『折原』とあった。…折原さんか…。  おそらく、N大の1年生だろう。  伊南は、彼女が射場に戻ってくるのを待ったが、その日再び、彼女に会うことはできなかった。そのまま、着替えて帰ったらしい。15キロの彼女の弓は、いつの間にか弓立から無くなっていた。  彼女が、その日、帰ってしまったのは、射場で自分のことをじっと見つめていた伊南が、怖かったからだ。友人に頼んで、弓具を回収してもらい、帰りのバスに乗ってしまった。 「あんなに睨まれたら、怖くていられないよ。よほど、間違いを指摘されたのが、腹立たしかったのね」  一緒のバスに乗り込んだ友人に、そう語りかけた。 「今まで、見たことがない人だったね。医大生だよ、きっと。だいぶ上の先輩みたいだね」  彼女は、気になっていたことがあった。 「ねえ、来週の金曜、新歓だよね。どうするの?」 「もちろん、出席って返事したよ」  友人は、しれっと言う。 「私も。でも、止めようかな。怖くなっちゃった」 「おい、伊南。お前、来週の新歓、欠席でいいんだよな」  帰り支度をしながら、瀬下が話しかけてくる。 「ああ…。…いや、やっぱり行く」  瀬下が驚いた顔で、こちらを見る。 「えー!お前出たことないじゃん、飲み会。驚いた。どういう心境の変化だよ。誰か、目当ての子がいるのか?あの茶髪のGカップ?…でも、その日、莉子ちゃんと約束してたんじゃなかったっけ?」  コイツは、なぜ本人よりも、しっかりと予定を把握してるんだ?と、考えながら、 (そうだった…。でも、折原さんと話すチャンスが欲しい) という思いが、駆け巡る。  そんな伊南の思いを、知ってか知らずか。 「お〜い、莉子ちゃんがいるのに、新入生にコナかけちゃダメだよ。ますますこっちに、チャンスが回って来なくなるじゃん。お前が飲み会出ると、女の子がそっちに群がるから、嫌なんだよな…、全く。飛鳥井なんて、合コンの度に、お持ち帰りしてるし…」  ふーん、そうなのか。自分は、そういう機会を避けてたから、知らなかった…と、今更ながら感心する。  でも、そうだった。自分には今、彼女がいるんだった。莉子と付き合っているのに、他の女を気にするってのは、やはりよくないのだろうか。  そうは思ってみたものの、やはり、興味を抑えきれない。 「射場にいた、新入生、だれ?」  思い切って、聞いてみた。 「えーと、背の高い子?確か…あかね…ちゃん?」  折原…あかね!  口の中で、その名前を、唱えてみる。  折原あかね…折原あかね…  心臓が、ドクンドクンと脈打つ。全身でその音を聴く。  彼女の黒髪が後ろに流れ、白い頸に汗が光った。  自分の目に、あの光景が、焼き付いて離れない。      
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