第2話 手に入れたい!

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第2話 手に入れたい!

 翌日、朱音がバイトしている珈琲屋に行った。増渕たちが、朱音を睨んでいたことが、気になっていたからだ。 「いらっしゃいませ!」  ドアを開けて、店に入る。なるべく目立たない席を選んで座る。  店員が、水とおしぼりを運んできた。 …朱音だった。  伊南を見て、ハッとする。 「ご注文は、お決まりですか?」  努めて、事務的な声音を出しているように思える。 「ブレンド」 「…はい」  目を伏せて、伊南を見ないようにしている。係を変わってと頼まれたら、終わりだ。今、声をかけなければ! 「折原さん、増渕さんたちに絡まれたりしてない?」  すっと目を上げて、伊南を見る。切れ長の二重の大きな目が、ツイっと吊り上がる。 「大丈夫ですよ。接点がありませんから。ご心配なく」  そんな隙を与えるもんか、という風情だ。  何か、話をして会話を繋げなければ、彼女が行ってしまう。 「バイトはいつまでやるの?」 「11月いっぱいはやる予定です。クリスマスの資金のために」  聞きたくもない余計な一言だった。彼へのプレゼントを買うためだと、匂わせている。 「先輩も、彼女のために何かするんでしょ」  これも、牽制のためだろう。 「別れた」  伊南は、朱音の目を見て、キッパリと言った。  朱音は、その勢いに、やや鼻白んだ。 「そうですか」  それだけ言うと、店の奥に引っ込んでしまった。  たったこれだけでも、伊南にとっては、胸が躍る出来事だった。  こんなに長く、朱音と会話したのは、初めてだった。朱音は、ほんの少しだけ、警戒のバリアを緩めてくれたようだった。 「11月いっぱいか…」  毎日、行きたい!と思うが、それはさすがにまずいだろう。下心が見え見えだ。まして、相手には恋人がいる。せっかく、話ができたのに、警戒心を強められては、元も子もない。 (よし、週一にしよう!)  そうなると、後3回は、通える。そのくらいなら、しつこい!とは思われないだろう。  医大生は忙しい。でも、朱音に会うためだったら、寝る時間を切り詰めてでも、あの店で過ごす1時間を削り出す。  朱音と話ができなくても、同じ空間にいるだけで、胸が高まった。空気を伝わって、朱音の息遣いが感じ取れる。  視線が合うことが度重なる。  少しずつ、朱音の表情が、穏やかになってくる。  ちょっとした、言葉を交わす度、口元にわずかな笑みが浮かぶようになった。  今日で、11月が終わる。  朱音のバイトの最後の日だ。  伊南の胸に、一つの決意があった。  断られても良いから、何か一個だけ、約束を取り付けよう。デートなんて大それたものでなくていい。  一緒に弓具を買いに行くとか、朱音の大学で待ち合わせして本を借りるとか、何でもいいから、簡単な約束で希望を繋ぎたい。偶然に頼るのは、無理があるし、そうそう弓道サークルにも、顔を出せない。出しても邪魔が入って、話しかけられない。  自分を奮い立たせて、そのチャンスを伺っていた。  それなのに、最悪の結果が待っていた。 「朱音、来ちゃった!」  入ってきたのは、学生服姿の男子高校生だ。初めは、弟か?と思った。少し明るい髪色、陽気な態度、軽薄そうな表情。…まさか! 「圭くん、ダメよ。まだ仕事中なんだから」  朱音の口調が、甘い。年下の彼氏という訳か。 「じゃあ、そこのゲーセンで時間潰してるから、終わったら連絡して!」 と、言うなり店を出て行った。  あんなガキと付き合っているのか!  伊南は信じられない思いだった。  自分が欲しても欲しても、手に入らなくて苦悩しているのに、あんな軽薄そうなガキに、いいようにされているっていうのか。腹ワタが煮え繰り返った。  もしかしたら朱音は、あまり恋愛経験がないのかもしれない。男を見る目が無さ過ぎだ。  だとしたら、余計厄介なことだ。  男との関係を、上手に終わらせる術を知らない。  そして、自分に対して、危険な思いを抱いて近寄ってくる男を、上手くかわせない。見分けも付けられない。  あまりにも、無防備だ。    しかし、伊南自身も、恋愛下手であった。どう対処すればいいのか、分からない。 (…そうだ。飛鳥井に相談してみよう)  彼は、スマホを取り出した。
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