番外編 妙音天の愛 

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 妹が見せてくれた白蛇の子どもの姿は、確かに可愛らしい。泉に小さな手を揃えて差し出しては、じっと集中して祈りを捧げる。ふよふよと泉から浮き上がった水が丸く形を成そうとしたところで、ぱっと水滴になって散ってしまう。  しかし、一度や二度失敗したところで子どもはあきらめなかった。懸命に水珠を作る姿に見入っていると、なんとか水が宙で丸い珠になる。子どもが嬉しそうな顔をした瞬間、揺れた珠がぱちんと弾けて、子どもは頭から水を被った。  たちまち大きな瞳からはぽろりと涙がこぼれ落ちる。いくつも頬を伝うそれは大層美しくて、袖でごしごしと擦ってしまうのがもったいないほどだった。小さな白蛇は肩を落として泉から姿を消した。私は思わず、妹に向かって叫んだ。 「こ、この後は!」 「これが一番最近、目にした姿です。前は水を宙に上げることも上手く出来ませんでしたのよ」  妹は白蛇の努力を讃えた。だが、私の知りたかったことはそれではない。嘆く白蛇が憐れで心配だったのだ。  自分の手で光の輪を作り、地上を映し出せる鏡にして傍らに置いた。泉にやってくる小さな白蛇の気を感じたら、すぐに見られるように。  白蛇は他に誰もいない時間を見計らって、一人で泉にやってくる。少しずつ珠を作るのが上手くなり、割れずに形を保てるようになった。珠を上手に作れた子どもが嬉しそうに飛び跳ねる姿を見るのは楽しいものだった。久しぶりに胸が躍り、私の奏でる楽の音も常より美しく天に響いていく。  ところが、ある時から白蛇はぱたりと姿を現さなくなった。  霊力があるとはいえ、神とは違う身だ。何かあったのだろうかと、心配になって落ち着かない。  誰もいない泉が映った光の鏡を眺めていると、部屋にやってきた妹がひょいと覗き込んだ。 「おや、冬ごもりに入ったようですね」 「冬ごもり?」 「地上は天界と違って季節が移ろいます。蛇族は冬の間、一族そろって眠るのです」  地の生き物たちの中には、寒さを避けて眠る者たちがいる。確かに、そう聞いたことがあった。 「では、あの子の姿はしばし見られぬということか」  自分でも驚くほど、がっかりした声が出た。妹がしげしげと私を見る。 「……地上のことを全く気になさらぬ兄上が」 「今でも、地上のことなど気に留めておらぬ」 (気に留めているのは、あの白蛇のことだけだ)  妹はぷっと噴き出したかと思うと、体を折り曲げて笑っている。何がそんなにおかしいのだとじろりと見れば、目尻の涙を拭いていた。 「兄上、ご存知ですか? 帝が白蛇を見たいと仰せになったので、あの子は春の宴に招かれたそうですよ」  あまりに驚きすぎて、妹を叱るどころではなかった。
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