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壱 一人ぼっち
「すごい……。冬の空ってこんなに綺麗なんだ」
目に飛び込むような青。
見渡す限り、晴れ渡った空は雲ひとつなく澄み渡っている。
初めて見る真冬の空に、僕は何度も目を瞬いた。
例年の冬とは違って暖かくて、本当は春まで眠っているはずだったのにうっかり起きてしまった。僕にはどうも、そういうところがある。
――真面目でちゃんとしているようで、どこか抜けている。
子どもの時からよく言われた言葉だ。
一族の者たちはまだ皆すやすやと眠っているようで、広々とした屋敷には誰の気配もなかった。たぶん、目覚めてしまったのは僕だけだ。布団から抜け出して障子を開けたら、濡れ縁には柔らかな陽射しが差し込んでいた。ぺたんと座り込めば、ほかほかと体があたたまる。
(……まるで春みたいだ)
そう思って庭を眺めても、青々としているのは常緑の木々だけだった。柔らかな青草も愛らしい花々も見当たらない。雪は降らず温暖な気候の土地だけれど、確かに春はまだ遠い。
(どうしよう。こんな時期に冬ごもりから覚めたことなんかないのに)
ふっと空を見上げたら、きらきらと空に光るものが見えた。
七色の光が眩しい。風に乗って空を泳ぐ、雄々しくも優美な龍の姿。見惚れた僕は、ふらふらと濡れ縁の一番前まで出た。何て綺麗なんだろうと目が離せない。
龍族が光を放って天を翔けるのは、年の初めだと聞いたことがある。天から地へと生き物たちに、彼らはその年の祥を授けるのだ。
屋敷のはるか上空にいるのは、まだ若く美しい龍だった。僕が彼の事を見間違えるはずがない。
「……翔波様」
ぽろりと口から大事な名前が転がり出た。
すると、龍が中空でぴたりと止まった。そしてくるりと向きを変えたかと思うと、まっしぐらに急降下してくる。
「え? ……わあっ!」
突風が巻き起こり、体が飛ばされそうになる。僕は慌てて、側の柱にしがみついた。屋敷が壊れそうな強い風に思わず悲鳴を上げた。
(皆まだ寝てるのに、屋敷が壊れたら困る……!)
「久しいな、円珠。まさか目覚めていたとは」
ふっと風が止んだかと思うと、甘い声が響く。体がふわりと軽くなり、いつのまにか逞しい腕に抱き上げられていた。目の前には凛々しく端正な顔がある。翔波様は立派な龍体から神々に近い姿に変わっていた。
「お、お久しぶりです。あの、暖かくて……僕だけ目が覚めてしまったみたいで」
「ああ、そうだな。この屋敷の者たちはまだ皆、寝ているとみえる」
「ええ。だから、どうしようって思いながら空を見ていました……」
翔波様がぷっと噴き出した。笑いを堪えようとしても堪えきれないらしい。
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