伍 春になって

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伍 春になって

 春になって僕がいないことに気が付いた弟と一族は、大騒ぎで僕を探した。翔波様の屋敷にいることを知らせると、弟たちは必死に天界までやってきた。既に僕が翔波様と交わったと知った弟の嘆きは深い。天界に住む者と情を交わしたら、もう地上には帰れないからだ。 「小賢しい龍め! 我らが眠る間に、兄上を起こしてさらっていくとは」 「それはたまたま僕が目覚めてしまっただけで……。翔波様は助けてくださったんだよ」 「だから兄上はお優しすぎると言うのです! あの龍は前々から兄上に懸想していたのですよ! 祥に敏感な白蛇だけを目覚めさせるよう、わざと屋敷の周りに多くの祥を撒いたのです」 (そ、そうなんだろうか? 確かに僕は一族には珍しい白蛇だけど) 「龍は番となった者を決して手元から離しません。あやつが帝に兄上との婚儀を願い出たので、妙音天様もお怒りではありませんか!」 「うん……」  白蛇は霊力が高いので神々にお仕えすることが多い。僕が春からお仕えすることになっていたのは、妙音天様だった。天帝様の宴に来た僕を気に入り、冬ごもりから目覚めて宮に仕えるのを楽しみにお待ちくださっていたのだ。お怒りを解くために、翔波様は天帝様や妙音天様の元に通い詰めで、なかなか屋敷に戻れなかった。  弟はひとしきり文句を零した後に、また来ると言って地上に帰っていった。 「ただいま、円珠」  「おかえりなさい、翔波様」  久々に天帝様の元へ赴いた翔波様が、お早く戻られた。ひょいと僕を腕に抱え上げると、満面の笑みを浮かべる。 「とうとう、帝と妙音天様のお許しをいただいたぞ!」 「えっ! 本当に」  長いこと翔波様が屋敷にこもりきりだった為に、天界では色々と困ったことが起きたらしい。天帝様たちは婚姻を承知する旨を告げられた。  僕は翔波様の笑顔が見られるだけで嬉しくてたまらない。婚儀の日には良いものを差し上げますねと言えば、翔波様は真剣な顔をする。  いつだって、其方が一番良きもの、私の宝だと。  まるで翔波様の熱が移ったかのように体が熱くなる。澄んだ冬の青空のように美しい瞳が輝いた。 「婚儀の日には、其方を背に乗せて天を翔けよう。どこまでも好きなところに連れていく」 「……では、地上をお見せください。翔波様の撒かれた祥が、その頃には花や実となっていることでしょう」 「ああ、きっと」  ――白龍が撒いた祥が、これからたくさん芽吹きますように。みなが幸いでありますように。  そっと祈りを捧げると、翔波様は優しく口づけをくださった。         ―― 了 ―― 🌸番外編(二編)に続きます。
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