番外編 白龍の恋 

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番外編 白龍の恋 

 天界を治める帝が、春の祝宴を催される日。  神々や神獣、地上界からも招かれた者たちが続々と天界へやって来る。私と兄は帝からのお招きの元、父と共に宮中へと向かった。 「永嘉(えいか)翔波(しょうは)。其方たちは、いずれこの白龍一族を率いる身。本日は帝から直々に成長した其方たちを見たいとの仰せである。心して臨め」 「承知!」  兄と二人で声を合わせれば、父は満足げに頷いた。  白龍の長の家に生まれた者は、礼節を身につけ、常に思慮深くあれ。  子どもの時から散々聞かされ続けた言葉だ。  天界に住まう龍の一族は鱗の色によって五色に分かれる。白・青・赤・黄・黒。龍ならば皆、天を()けることができるが、中でも我が白龍一族は、最も速く天を翔けた。おかげで代々、帝から年始の祥を地上に撒く御役目を頂戴している。   春の宴は、一年で一番華やかな宴だ。  帝に祝賀を述べ、挨拶回りがすめば、あとは無礼講。飲めや歌えとたちまち楽が奏でられ、延々と酒宴が繰り広げられる。だが、気を抜くわけにはいかない。言葉ひとつで揉め事になったり、神々の前で力勝負をする羽目になったりする。万一、誰かと争うようなことにでもなれば、血の気の多い赤龍や力自慢の黒龍でもあるまいに、と父や叔父たちから小言をくらうだろう。  ――己の行動が何を引き起こすか、常に先を考えて生きよ。  そんなことを言われてばかりで、宴はいつも緊張を強いられる場だった。 「まあ、白龍の若君。ご立派になられて」 「麗しく賢く、先が楽しみでいらっしゃること」  声をかけてきた相手に微笑んで返し、適当なところで話を切り上げて宴を抜け出した。広大な庭に出れば、ようやくほっと息をつける。  ふと、どこからか小さな泣き声が聞こえた。  気のせいかと思ったら、不思議な気が流れてくる。清水のように清涼で、ふわりと甘い。龍族に近いが天のものではない。こんな気は初めてだと大樹の根元に近寄ると、幼子が体を丸めていた。 「そんなところで、どうした?」  思わず声をかければ、子どもが顔をあげた。左右で結ばれた真っ白な髪がさらさらと揺れ、漆黒の大きな瞳からは、ぽろぽろと涙が転がり落ちる。  愛らしい顔立ちの子どもは、たどたどしい言葉で一生懸命話しはじめた。  初めて天界に来たこと、神々や大きな神獣たちが怖くて、宴から飛び出したこと。  思わず手を伸ばして頭を撫でた。そんなことは、ついぞしたことがなかったのに。
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