番外編 白龍の恋 

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 驚いた気持ちを押し隠して、ゆっくりと話しかけた。幸い、子どもの持つ力は自分と同じ水に属している。まるで清流の中を泳いでいるかのように、心地良い気を放っていた。  ひんやりと軽い体を抱いて、一緒に来たという父親を捜す。しっかりしがみつかれていると、何だかもっと小さな生き物を庇護しているようでくすぐったい。 「あ! とうさま!」  ところが、子どもは父親を見つけると、するりと地に下りて一目散に走っていってしまった。手の中が急に軽くなって冷え冷えとした気持ちになる。父親だという蛇族の長が慌ててやってきて、深々と頭を下げた。 「この子の名は円珠(えんじゅ)。我が一族に久方ぶりに生まれた白蛇にございます」  蛇族の長が教えてくれた名が、心の中にぽんと投げ込まれた。 「たすけてくださって、ありがとう」  父の腕に抱かれた子が、にっこり笑う。その時、自分が何と答えたのかよく覚えていない。  ――白蛇の円珠。 (宴にまた、あの子が来ないだろうか)  ふとした拍子に、そんなことを考えてしまう。  天界では滅多に話題に上らない地上の一族の事を、なぜかずっと忘れられなかった。  月日が過ぎ、自分が帝の側にお仕えするようになった頃。また春を祝う宴の季節となった。 「……あれが蛇族だとは、驚いたこと」 「地を這う一族とはいえ、白蛇は霊力の高い者。いずれは天に仕えることとなるでしょう」  囁き合う神々の視線の先にいたのは、確かに円珠だった。背がすらりと伸びて、髪も後ろで一つに結んでいる。幼子は成長し、清廉な若者になっていた。  思わず駆け寄ると、黒曜石の瞳が不思議そうにこちらを見る。 (ああ、そうか。もう忘れてしまったのだろう。ただ一度、会ったきりの者のことなど)  そう思った時に彼は目を瞑り、何かを感じ取ろうとした。そして、輝く笑顔をこちらに向けた。 「しょうは……様? 龍族の翔波様でしょう?」 「そうだ。前に一度、会ったことがあるが、覚えていたのか?」 「ええ、僕がもっと幼い頃……。木陰で泣いていたところを助けてくださいました。今も翔波様からは温かな気を感じます」  にこっと笑う顔を見た時、胸をいきなり雷で打たれたような痛みが走った。相手の胸に雷をぶつけて驚かす『雷投げ』は龍族の子どもがよくやる遊びだが、宴でそんなことをする者はいない。だが、その後も円珠を見るたびに、同じことが起きるのだ。   帝や神々は小さな白蛇を気に入り、円珠は父と共に宴に呼ばれることが増えた。私は帝のお側に控えながら、目はいつも円珠を探していた。
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